Mです。
2024年は、12月27日で仕事は店じまい。例年よりちょっと長めの年末年始休みに突入した。
というわけで、しばらく前からY子と考えていた小旅行を実行した。行き先は超マイナーな昭和レトロの展示施設「ジャパン・スネークセンター」つまりはヘビの動物園である。
ヘビ好きの人なら既に知っているのだろうが、聞いたこともない方の方が圧倒的に多いに違いない。立地もまた地味なところで、群馬県の藪塚(やぶづか)という地名だから、まさにヘビにぴったり。藪塚温泉という小さめの温泉町わきにあって、道も狭けりゃ目印になるものも見当たらない、山という程でもない丘の西斜面にある。温泉街の隣ということだったが、大きめの温泉旅館が閉館していたり、かなり鄙びたところ。そんなところが好きな我々にとっては、むしろ興味をそそる景観で、微風で雲も少ない好天のもと、正午を挟んだ3時間ほどのヘビ観覧を楽しんだのである。
昭和空間、と表記したのはこの施設の成り立ちにもかかわっている。
そもそもここは動物園というよりも、本来は医学的任務をもつ研究施設である。蛇毒研究の施設であって、現在でも毒ヘビを飼育しつつ彼らの毒を採取して抗血清(毒ヘビに噛まれたときの治療薬)をつくっているのである。ただ、それだけの事業で施設を維持できる程の需要はないので、自活の道としていろいろなヘビたちの観覧設備と資料の展示を行っている、というかたちだ。とはいえ、とても「もうかる」ほどではないはずだから、施設全体の傷みが進んでいるし、建屋の外観がまさに”昭和”なのである。
ヘビといえば、ほとんどの人はコワいイメージを持っているだろう。
その要因は、噛まれれば死ぬかも、という毒ヘビや、巻き付かれて絞め殺されるかも知れない大蛇のイメージが強いからだろう。都会に住む人にとっては彼らと出会うことは滅多にないだろうが、我々のような田舎育ちの人間にとってはごく普通に出会う動物のひとつで、コワい相手はごく一部。関東で言えばマムシがコワいだけで、他のヘビたちは好き嫌いはともかくそれほどコワい相手ではない。
昔は毒ヘビだと思われていなかったヤマカガシが、近年強い毒を持つことが判ったとはいえ、毒牙があごの奥の方にあるのでちょっと噛まれたくらいでは毒牙が届かず、危険視されていたかった。現にMは大人になるまで毒ヘビだとの認識を持っておらず、知ったときはかなり驚いた。
何しろ、小学生の頃は田んぼでヤマカガシに出会うと、捕まえてしっぽを持って地面に頭をたたきつけて殺し、しっぽの先から皮を剥いでザリガニ釣りのえさにしていたのだ。えさと書いたが、本当のところは竿でありテグスであり餌でもあった。つまり、しっぽの先をつまんで皮を剥いだヤマカガシを田んぼのあいだにある溜池のはしっこに沈める。すると、ヤマカガシの肉にアメリカザリガニが何匹も寄ってきてついばみ始める。ググッ ググッとザリガニが引っ張る感じが伝わってきたら、そおっとヘビの身体を引き上げていく。すると、いとも簡単にザリガニの鈴なりをゲット!大漁である。ザリガニたちはなかなかヘビを手放そうとしないから、簡単にあぜ道まで引き上げられるのである。陸に揚げてしまえばあとはこっちのもの、ひょいひょいと捕まえてブリキのバケツに放り込めば良い。小一時間もすればバケツ半分くらいのザリガニが捕れた。用済みの皮剥ぎヤマカガシは、池の中に放り投げて帰宅。家に帰って井戸水でジャブジャブとザリガニたちを洗い、ひたひたの水を入れて塩を放り込み、そのまま焚き火に掛けてグラグラ。簡単に茹でザリガニのできあがりである。ザリガニのしっぽを引き抜いて殻をむき、ザリガニ味噌つきのご馳走となった。ずっと後になって聞いた話では、霞ヶ浦で獲られたアメリカザリガニが帝国ホテルの厨房で使われているということだった。これが本当かどうかは確かめていないが、ザリガニの肉はコクがあってなかなかのものだから、あながちウソとも言えまいと思っている。大きなロブスターの肉に引けを取らないのだ。
スネークセンターは、建屋の傷みもすごいが展示物もかなり年季が入っていて、ホルマリン漬け標本も保存液が半分まで減っていたり変色しているものもあるなど、正直なところ難ありのものが多々。とはいえ、色あせた標本解説ではあっても、その内容はしっかりしていてとても面白い。骨格標本の数々は、組み立てるのがたいへんだっただろうなぁと、思わず唸ってしまうくらいの出来で、単なる標本の域を超えていて美しくさえあった。大きな獲物を丸呑みできる下あごの開裂箇所の構造がよく解るなど、図鑑で見るのとは違った説得力ある展示物が多く、実に満足だった。
生きているヘビたちの展示は、冬場の暖房がたいへんだなぁと感じることしきり。オトナの入館料千円は、安いくらいだと思う。南国のヘビたちが多いので、暖房費の苦労が思いやられる。5mクラスの大ヘビもいるなど、なかなかたいした展示数だった。アルビノのニシキヘビにさわらせてくれるコーナーを設けていたりして、子供向けのアッピールにもがんばっていて、苦心の程がうかがえる。
ジッとしているヘビたちと目を合わせていると、次第にかれらの思考に引き込まれていくような不思議な感覚が生まれてくる。怖いのではなくて、動きの無い静寂の境地に引き込まれるような独特の感覚である。つい先日故人となった恐怖漫画作家楳図かずおさんのヘビ女を小さい頃に読んだことがあるが、彼の描いたヘビ女の目は生のヘビのそれをとてもうまく表現していたのだと思う。獲物を金縛りにして食らいつく捕食行動は、あの引き込まれてしまいそうな感覚が武器になっているのだろうと感じさせる。
ヒヤッとしてサラサラのヘビの感触も、恒温動物の身体と対極にあって、「静」を感じさせる。
犬や猫のように飼い主と感情のやりとりで対話するペットと異なり、ヘビを含む爬虫類愛好家の求めるものが、この「静」なのかも知れない。ヘビと対面していて感じる落ち着く感覚は、実は自分自身との対話につながっているのかも知れない、と感じる。
ちょっと異質な動物園。なかなかの穴場である。