理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

孫と公園。その4 冬の錦糸町 [錦糸公園][オリナス]丸1日コース

薬剤師Y子です。

最高気温が1ケタ(℃)だった先日、夫Mと共に、3才の孫娘を朝から夕方まで錦糸町駅の北側で遊ばせました。

「よ~く晴れているけれど(だからこそ放射冷却で)とにかく朝から寒い日」だったので、この日の最大の課題は寒冷対策。

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きれいに色づいた木の葉が静かに舞う中、孫娘が大好きな錦糸公園の複合型すべり台などで遊ばせ、自分たちも「立ち止まって見守る」のではなく「孫の動きに合わせて、遊具の周囲を歩き回る」あるいは「背中が日に当たる場所を確保して地味にスクワット等をしながら、目だけで孫娘を追う」ことで絶えず筋肉を動かし、それでも「寒すぎる!」と感じたら迷わず、暖房の効いた商業施設「オリナス錦糸町」に彼女を誘い込もう、という作戦を立てました。

錦糸公園(錦糸四丁目15番1号) 墨田区公式ウェブサイト

交通アクセス | オリナス錦糸町 | olinas

  

以前の記事

孫と公園。その1[砧公園] [二子玉川公園] [錦糸公園] - 理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

にも書きましたが、孫娘は「オリナス錦糸公園」に初めて行った2才の時から、この下のサイトの写真にある「超豪華すべり台」が大好き。今回は、まだ空いている早い時刻に到着したので、我がもの顔で本当に思う存分、遊ぶことが出来ました。

1000enpark.com

 

孫は満面の笑顔で、小さな体に収まりきれない「元気」が溢れ出すような勢いで遊び続けていましたが、体表を冷やす北風に負けた祖父母が「あのビルの中で、何か温かい物を食べようか?」と誘いの言葉をかけたところ、あっさり「うん!」と言ってくれたので、オリナスの3Fにあるフードコートへ移動。

窓際の席まで暖房が効いていて「あ~極楽、極楽」という感じです。

まず孫娘に「食べたい物」を選ばせたら、彼女は「MOMI&TOY'Sのイチゴとミカンのクレープ」を指定。そこで祖父母が「リンガーハットの長崎ちゃんぽん(野菜たっぷり!)」と「丸亀製麺の海鮮うどん&揚げ物3品」を追加して着席。祖父Mがコンビニで買ってきたカットフルーツ、ジョア等も含め、栄養バランスまずまずの食事を与えることが出来ました。

 

食事が終わって再び外で遊び始め、気がつけば再び3人とも体が冷えてしまったので「今度またオリナスの中に誘い込むために、どんな口実を使おうか」と考えていたら、孫が自分で「さっき他の子が乗ってた車に乗りたい」というようなことを言い出してくれてラッキーでした。すぐに「100円玉を入れて借り出し、返却時に100円が戻る、きゃらくるカート」がある「極楽の1F」へ。 

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ニトリヤマダ電機トイザらスベビーザらス等の温かい店内を、ゆっくり見て回ることが出来ました。

 

錦糸公園は無料、オリナスでは飲食代を支払っただけなので「出費が少なく、運動量が多く、栄養まずまず」の1日となりました。

今回も機嫌よく祖父母と遊んでくれて、ありがとう!

また来年、一緒に遊ぼうね!

 

 

愛嬌たっぷり! マミジロハエトリ

Mです。

 獲物を糸でぐるぐる巻きにして、溶かして喰らう。落ちたら最期、すり鉢から出られずに大きなアゴで挟み採られてしまう「アリ地獄」と双璧をなす怖い存在。クモにはそんな残忍なイメージがつきまとっている。

 動物を養殖して食っているヒトの方がよっぽど残忍なのだが、そんなヒトのなかにクモを怖がる者が多いのはなぜだろう? 怖がっている、と言うよりは気味悪がっているのか?

 しかしMは、(あまり詳しくはないが)あのクモが大好きである。

 クモにはいろいろなタイプがいて、目立つのは芸術的なネットを張るタイプ。一番好きなのはコガネグモで、巣のZZZZZZ模様が素晴らしい。
 クモの巣形状は、あのスパイダーマンの衣装模様になっているし、情報化時代の「ネット」がそもそもこの巣のイメージから来ている。ワールド・ワイド・ウェブなのだ。

 巣を作らないもので特に有名なのは、ヨーロッパの伝説に出てくる悪名高いタランチュラだが、実際には大型で怖く見えるものでも毒はさほど強くない。むしろ、日本でも時々ニュースになる小さなゴケグモの仲間の方が毒性は強いのだから、わからないものだ。タランチュラが怖がられるのは、小鳥を喰らう姿を見られたりしているからだろう。

 巣は作るけれど、木の根本の穴に糸で部屋を作っているジグモやトタテグモ、ススキの葉を巻いて家を造るカバキコマチグモたちのように土や植物をうまく加工して使うクモなどは、建築家タイプで、目立たないがかなりの技巧派と言える。

 それらのクモと同じように目立たないが、愛嬌たっぷりなクモがいる。
 ハエトリグモと呼ばれる一群である。

 彼らはとにかく小さい。蜘蛛、昆虫いずれでも多くの場合メスの方が大きいが、ハエトリグモの場合は大きなメスの方でも体長(頭から腹の先まで)は6~7mm程度。オスは5mmに満たないことが多い。屋外の草に多く棲んでいるが、小さいからほとんど気付かれない。ところが、その名が示すように、彼らはヒトの住処の中にもよく入ってくる。 

 昔は特に、紙と木で作った小屋に住んでいる、と西欧人が語ったように、日本人は隙間だらけの家に住んでいたから、ハエトリグモは自由自在に家の中に入り込んだ。そこには天敵がいないし、一方で獲物になるハエが集まっている。壁を這い回りながら、近くに来たハエに飛びかかって補食するアクロバティックな狩りは、子ども心に、チョ~カッコ良かった。5cm以上離れた獲物に飛びかかるその姿は、それこそスパイダーマンだったのである。

 そのハエトリグモの一種マミジロハエトリが、部屋に棲んでいる。オスが一匹だけで、この秋から、白い壁紙の上をチョコチョコ歩いているのを見かけるようになった。小さなオスで、まだ完全に成長しきっていないように見える。

  (壁紙の凹凸幅は2~3mm 右下の丸い部分が頭胸部)

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 名前が示すように、頭部に白い眉毛のような毛が横向きに付いていて、なかなか愛らしい。ショボイ写真だが、シロ眉毛は右下部分になる。

 ハエがいることはごく稀だから、何を食しているのか不思議だ。それなのにもう数ヶ月見かけているから、ごく小さな獲物がいるのかも知れない。部屋においてある果物に小さなショウジョウバエがどこからかやって来ていることがあるし、カーペットや畳には、思いたくはないが家ダニなんぞもいるのだろう。そんな獲物を捕らえているのかも知れない。

 (下は昆虫エクスプローラーさんから拝借した写真 おみごと)

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 とはいえ、もう冬である。コンクリート製の部屋では、温度が下がったとき潜んでいられる場所がないのでは、と心配してしまう。もしかすると、絶対冷たくならない冷蔵庫の放熱面にでもくっついて暮らしているのかも知れない。
 何年の寿命があるのかわからないが、じっくりと観察してみようと思っている。

 えさを呼ぶために、ではないが、ショウジョウバエの好物「バナナ」は常備している。

伊藤詩織さんの映像作品に、心から拍手!

薬剤師Y子です。

ジャーナリストの伊藤詩織さんが、準強姦事件の被害者として民事裁判に勝訴された、その同じ日に、Yahoo! JAPAN のドキュメンタリー年間最優秀賞を受賞されました!

初めて彼女の姿をテレビで見た日から「彼女の言葉には全く嘘が無い」と直感していた私は、もちろん勝訴も、そして本業で高い評価を得られたことも本当に嬉しくて嬉しくて、それを知った後しばらくは仕事中でも彼女の快挙が頭をよぎると涙が出てきてしまって困りました。

 

彼女が監督、撮影、制作した受賞対象の3本の作品を、このサイトで視聴することができます。

creators.yahoo.co.jp

 

「あの戦争が少年に強いたこと」を長年ずっと話せずにいた男性の話。

creators.yahoo.co.jp

 

アフリカで「たとえ脅迫を受けても声を上げ続ける」と決めて行動する二人の女性の話。

COMPLETE WOMAN
Episode1-Story of Fatamata

creators.yahoo.co.jp

 

Episode 2-Story of Ajaie

creators.yahoo.co.jp

 

どの作品からも、伊藤詩織さんという女性の、まっすぐで優しい人間性が伝わってきます。

ご自身のことで本当に大変な中、別の場所で生きる他者の言葉に耳を傾け、丁寧に映像を記録し、それぞれの主張が伝わる作品にまとめ、発表して正当な評価を得た彼女と、その仲間たち。

私は皆さんに心から拍手を贈り、これからも注目、応援していきたいと思います。 

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一方、準強姦事件の被告であり控訴すると明言している山口氏に関しても色々な情報が出てきています。

詩織さんに寄せられた山口敬之氏と安倍官邸の特別な関係の新情報! 安倍首相の講演の見返りに米シンクタンクにねじ込み|LITERA/リテラ

 

一人の日本人として、まだ幼い孫娘の成長を見守る祖母として、これら一連のことを出来る限り正確に知りたいと願っています。

そして、この社会を公正で公平で、特に若い女性にとって今より少しでも住みやすい場所に変える努力、なおすべき所をなおす努力を、ずっと続けようと思います。

同じ思いを抱いていらっしゃる数多くの皆さんと一緒に!

 

 

Windows10 イメージ・バックアップシステムにご用心!!

Mです。

 仕事場で片手間に作り込んでいるWindows10マシンが、ここ数日、同じトラブルに見舞われ続けている。

そして判ったことは・・・

 

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 PCを使っている人の多くは、システムやデータのバックアップについて少なからず気にしているはずだ。頼れる相棒であると同時に、一旦マシン・トラブルに遭遇すると、仕組みに詳しくない人はアタフタして解る人を探し、詳しい人だと、対応のためにけっこうな時間を割かれる。

 そのための、「転ばぬ先の杖」として、マイクロソフトさんがWinsowsに標準装備してくれているのが、「システムイメージ」を復旧のための道具として使う、バックアップシステムだ。

 自作機ばかりで20年近く遊んでいるMは、その間に幾度もシステム不良が発生したりHDDがおかしくなったりして、Windowsシステムの修復、あるいは再インストールを経験してきた。

 システムが壊れるのはしかたがない、と、達観している。しかし、かといって、いろいろなアプリケーションを組み込んでいるマシンを、ゼロから再インストールする作業は、あまり嬉しいことではない。そんなとき、少なくとも1カ月くらい前のシステムイメージがあれば、かなりの確率でバックアップからの復旧が出来ることも経験済みである。(それ以上旧いと、その間に新しいソフトを入れたりしていてうまく復旧できないことが多い)

 だから、今までは基本的に月一のバックアップスケジュールを設定しておいて、マシンのメンテを行ってきている。手がけたマシンは、誰に渡ったものも同じで、トラブルの連絡が来たら、最新のバックアップデータからの復元を試して貰うことで、殆どがトラブルクリアとなってきた。
 同時に、どの人にも口を酸っぱくして言っているのは、システムが壊れても入れ替えられるが、作ったデータは戻らないから、データは必ず2重、3重に別のメディアに保管すべし! ということである。これさえ守っていれば、マシンのトラブルがあったとしても一番大事なものが守れる。機械は壊れるもの、というのが基本なのだ。

 そのようにして、月一のバックアップスケジュールを常としてきた経験上、今年の夏前から行ってきているWin10マシンづくりでも、同じバックアップ設定を施してきた。

 ところが、全く同じ手法を用いて作った4台のマシンのうち、今回の4台目でバックアップミスが連続して起こった。しかも、その度にシステムエラー+ディスクエラーという、これまで経験したことのない現象が繰り返されたのだ。

 2回連続で初期バックアップに失敗し、2回目にはシステムを入れたHDDが認識不能な状態に陥った。もしかして、HDD自体に機械的エラーがあるのではないか、とLowLevelFormatソフトにかけてMBRマスターブートレコード)を削除してみると、ハード的には問題がなく正常復帰できて、ディスクエラーもないことが解った。そのHDDにもう一度Win10をインストールすると、すんなりと入る。当然のように、その他のソフトも問題なくインストールできた。

 が、ここまで来て、さあ初期バックアップを、とWin10のシステムイメージバックアップを作動させたら、しばらく席を外していた間にシステムエラーで回復処理画面になっているではないか!
 これで3度目である。

 こうなると、もはや、機械的な問題とは思えない。1回目の失敗の際、HDDが悪いのかと思って別のHDDを使った。2回目の失敗では、HDDを再フォーマットしてから使ってみた。それなのに、異なるパーツで同じ現象が起こっているのは、バックアップシステムの側に問題があるとしか思えない。

 同じような事例報告はないのか、とググッてみたら、驚くほどの事例がここ3年ほどの間にアップされている。その中のひとつには、Win10 Ver.1804までは大丈夫だったが、1809にすると必ずバックアップ出来なくなる、という報告が見られたほか、2018年10月時点で、マイクロソフトさんが、標準のイメージバックアップシステムを使わないように勧告した、という記事まで見つけてしまったのだ。

 つまり、無償提供されているので使わせて貰っているVer.1809では、既にこの問題が発生していたということになる。ただし、ユーザーの全体数から見ればこれらの不具合報告は楊枝の先ほどのことかも知れない。つまり、そのマシンの構成によって、起こったり起こらなかったりする不具合なのだ。

 現に、夏から組んできた4台中先行3台は、定期バックアップを設定しているにもかかわらず、何も問題は起きていない。
 それらを比較してみると、HDD、メモリー、はほぼ共通のものを使っていて、違っているのはマザーボードである。
 ということから、現段階での結論は、Windows10標準のイメージバックアップシステムは、Ver.1809以降で、マザーボードとの相性に「良し悪し」が生じてきたのだろう、ということ。

 マイクロソフトさんが、使わないで!、と公表したのも、組み合わせによってエラーが起こりやすいと感じたからではないか、と想像している。

 さて4回目。今回は、もう標準システムでのバックアップは設定しないことに決めた。そして、フリーソフトで多くの人が使っているというAOMEI Backupper をインストールしてみた。 

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その結果は・・・


何の問題もなく、10分ほどで初回バックアップ完了。

 うまくいったので、このマシンでも、このソフトで月一バックアップを設定して様子を見ようと思う。

 自作PCは、こんな経験が後々とても役に立つ。おかしなことが起こったとき、何がおかしいのかを推察するための基礎になるのである。
 少々イラついたが、これも財産だと思うしかない。

 それにつけても、データとアプリの分割保存だけは鉄則だ。HDDを3台4台と放り込めるデスクトップは、この観点からも有利である。 
 それが出来ないNoteなどでは、やはり携帯SSDドライブや大容量USBを駆使して、データ保護を考えなくてはならないと思う。

とにかく、大事なのはデータなのだ。

街路樹の変遷 木陰重視から経費重視へ

Mです。

 田舎では必要ないもののひとつが、街路樹、という特殊な植裁だと思う。

田舎道は、幹線道路であっても歩道が整備されているということは殆どなくて、民家が道路に接していたり畑や田んぼに直結、といった風景が多いから、敢えて街路樹を植えるということはあり得ない。新興住宅地のように、それまで松、杉の里山だったり雑木林だったところが造成されたところでは、区画整理に歩道が最初から含まれているので、装飾的外観のひとつとして街路樹が植えられている。しかし、その区域を出れば昔からの景色に戻って「家屋よりも植生が優勢な環境」になるので、もはや街路樹は無用なのである。

都会はこれと全く逆の世界だ。

 東京にはたくさんの公園があるが、どこもかしこも、それは人為的なにおいがプンプンしている。皇居の緑地部分や新宿御苑など、植生をいじってはいけない場所は別として、その他の公園は全て厳しく、かつ、細かな人的管理がなされている。だから、樹一本でさえ管理対象で、剪定をはじめとして一年のうち何度も人の手間がかけられているわけだ。
 公園の地面には落ち葉の堆積がなく、したがって、ミミズやダンゴムシなどの枯れ葉や枯れ草を食べて土に変えていく動物もいない。まるでコンクリートのような地面なのである。

 同じように、道路脇に歩道がある場合には、必ずといって良いほど街路樹が一定間隔で植えられている。それも、これで大丈夫なのかと思うほど土が見えない状態で植わっている。もちろん、腐葉土などあるはずがないから、根の部分は硬い土である。

 クルマで都内を発ち、その周辺各県とを行き来することの多いMは、多くの幹線道路でいろいろな街路樹を見ることになる。
 そうしているうちに気付いたのは、高度成長期の街路樹には大木になるものが多く、現在に近づくほど小振りな樹に変わってきているということだ。

 前回の東京五輪に向けて突貫工事をしていた東京では、都内中心部から放射状に伸びる幹線道はケヤキイチョウ、カシなどの大きく枝を張る樹が植えられていた。
ラソン競歩のコースになった都心から西に向かう甲州街道国道20号線)のケヤキ並木は特に立派で、調布付近のそれは酷暑の夏に薄暗いほどの日陰をつくっていて、樹のトンネルを走っている気分になる。

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      福岡造園さんBlogより拝借

 排ガス規制前にはさぞや空気が悪かっただろうと想像するが、規制が厳しくなってダンプでさえも黒煙を吐かなくなった今では、この木陰が周囲よりも環境が良いような気になってしまうほどだ。

 クルマが多く走ることのない都心部の並木も、例えば神宮外苑あたりのイチョウ並木のように、たいそう大きな樹が並び立つところもあって、当時のおおらかさが見て取れる。銀杏拾いのメッカのようになっているのも、昭和の遺物だ。

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       街画ガイドさんより拝借

 公園にソメイヨシノをどんどん植えたのも同時期で、それが今では老木となって枝落ちの心配が強まり、年々伐採の本数が増えているという状況もある。
 見方を変えれば、イケイケドンドンだった昭和30~40年代は、将来のことよりも、その時立派に見えるものを選んでいた、ということなのかも知れない。

ところが、樹は大きくなるのである。

 大きくなって道路側を覆っている分には、夏涼しくて良い、なんて呑気なことも言っていられるのだが、枝は反対側にも同じように伸びる。ところがその先は歩道を越えた建物だから、当然、枝払いをしなくてはならない。剪定を生業とする事業者の固定収入になるのは良いことだろうが、その作業は道路を一時的に狭くすることにつながり、歩道も歩きにくくなる。夜間にやってくれ、とは言えないのだから、夏場の選定作業は、場合によっては交通妨害となって経済活動に影響する。これは同時に、管理する側、つまり役所の経費増にひびくことで、結局は住民からの税金を街路樹整備につぎ込むことになる。だから、徐々に近づく樹木の倒壊まで考えると「大きな樹はいいねえ」と和んではいられないのである。

 そんな事情が影響してるのだろう。最近の幹線道脇は、とても小さな街路樹がどんどん増えているように思う。

 以前大きな樹があったはずのところがボコッとなくなったと思ったら、しばらくして背丈3m程度の樹に変わっていく。代わりに植えられている樹としては、ハナミズキモクレン、コブシなどが多い気がしている。

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  都心から東に向かう京葉道路は、大きな道で歩道も広いが、植えてある樹はとても小さい。両国付近はハナミズキが多い。

 調べてみると、思った通り、最近の植裁対象はことごとく成長の遅い樹になっている。しかも「排ガスに強い」という以前の選定基準は当てはまらず、環境変化に弱い、という性質さえ持っている。何を隠そう、育ってくれなくて結構。むしろ、枯れずにいてくれればよい、のであって、それでいて歩く人に好印象を与えるかわいらしい花が欲しい、というなんとも経費最優先、印象最優先の選択なのだ。秋になると、そこそこの紅葉を見せてくれて癒しにもなる。枝を張らなければ剪定も容易だし、落ち葉も少ない。管理側にとっては良いことづくめ、なのである。

 街路樹は、夏場に木陰をつくってくれて冬は葉を落として日差しが通る。大きな花が咲いたり、緑が濃く鮮やかだったり、という外観を求めていたのは昔のことなのだ。
 今では、樹が大きいと道路際の広告が見えないなど、むしろ商売の邪魔になるということもあると聞く。

 人は植物によって生かされている。これは紛れもない事実である。

 人、というより、動物はみな、植物がないと生きていけないのだが、人の社会は、もはや別物になってしまった。自然を取捨選択する、あるいは都合良く変えていくのが生きるための手法であり、都会は、必要最小限の植物を管理しておくのがやっとなのだ。
あとは、経済活動に利する鉄とコンクリートで作り上げるしかないのだ。

 もはや否定することが出来ないこの構図だから、田舎者のMは、週末になると田舎に逃げていく。
 考えてみると、少しだけ逃げては戻ってくる、という人間は一番ずるいのかも知れない。そしてまた、とても恵まれているのかも知れない。

 室内で緑を育てることで息抜きをしている人々からすれば、田舎の不便さもまた、うらやましいことなのかも知れないと思うのである。

都会の街角 に 孤高の大木

Mです

 「なぜ、こんなところに?」と驚くしかないビル脇の小さな空間に、その巨木はある。

 場所は、東京都台東区浅草橋地区の北端近く。蔵前地区との境界になる蔵前橋通りから1ブロック南の十字路。その北西角から数十m北に寄った歩道沿いのビル前に、名札を付けた巨木が立っているのである。

 名札には「メタセコイア」。

 そう、化石とされていた古代植物の現世種である。

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 たぶんこの樹の奥にエントランスがある細長いビルのオーナーが植えたのだろうが、高さは30mほどだろうか。ビルの最上階までは届いていないが、8割方の高さまで達している。直線的に伸びて綺麗な細い円錐形をつくる樹型が、凛としている。

 前を通る大通りは、江戸通り(国道6号線)。それを東西に横切るやや細めの直交路は、たぶん暗渠の上を走っている。南東角にある交番の名前が須賀橋交番、とあるのも、この辻が実は川だったことを物語っていると思われる。

 成長が速いことで知られるメタセコイアだが、この高さになるには20年では足りないはずだ。実生から育てたわけではないだろうから、植えられた時期の判断が出来るわけではないが、樹齢、ということで推測すると4~50年になるのではないかと思う。

 セコイアという植物は、北米西海岸の山地に原生している巨木で知られていて、そのルーツは恐竜時代のはじめ頃に遡る。つまり、3億年近く前に地上に現れた植物が生き残っているということで、動物でいえばラチメリア(シーラカンス)といったところ。

 そのセコイアによく似た形態の化石が、1939年、関西地方の新生代第三紀の地層から発見された。発見者である三木茂氏は、その特徴からセコイアの分派した種と考え、「変わった」を意味するメタを付けてメタセコイアMetasequoia glyptostroboides)と命名し、1941年に学会発表した。同じ化石は、中国大陸を始め、北米大陸北部、シベリア、グリーンランド でも発見されて、北半球に広く分布していた植物であると考えられるようになっていった。ところが、その後、この研究成果を目にしていた中国の研究者が、中国西部に全く同じ形態の樹木が現存していることを発見し、米国で確認されることになった。「化石植物」が生き残っていたのである。

 日光を好み成長の早いメタセコイアは、挿し木でもよく殖える。
 1950年に、米国の研究機関から命名者である三木氏に苗が送られてきた後、それが研究機関や自治体を経由して、今では国内の多くの場所に植えられている。高速道路インターチェンジのループ内に植えられていて、高く育っているのを目にしたこともある。都内の公園でもよく見かけるから、ああ、あの樹なんだ、と気付く人もいるだろう。

 実は、この樹を一躍有名にしたのが韓流ブーム。火付け役になった、あの韓国ドラマ「冬のソナタ」で、ユジンとチュンサンが初デートした公園の並木がこの樹だったのだ。Mは、特徴的な円錐形の樹型が気になって、静止画像を拡大して観察してしまった。そして、メタセコイアに違いないと確信した。そうか、韓国にも植裁されていたんだ、と感心したのを覚えている。

 

 だいぶ話が逸れてしまった。

 浅草橋のメタセコイアは、2年前まで、年末になるとそれはそれは見事なイルミネーションを纏っていた。あの高さにどうやって取り付けたのかと不思議でならず、その取り付け方法を探ろうとしたのだが、残念ながら昨冬は取り付けられることがなかった。

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 今年も、もう少しで葉を落とす時期になった。

 近くから見ても、いまのところ、まだ電線を纏ってはいない。
 オーナーさんがもう要らないと判断したのか、あるいは体調不良でそれどころではなくなってしまったのか。

 2017年に撮った携帯画像が残っているだけで、もっとちゃんとしたカメラで撮ろうと思っていたのだが、去年は叶わなかった。

 今年は復活して欲しいのだが、もうダメかなぁ、と少々落ち込んでいるMである。

道路交通法改正 スマホ罰則強化と現実に思う

Mです。

 12月1日から、クルマを運転中のスマホ等モバイル機器操作に対する罰則が強化された。場合によっては一発免停、というくらいの厳しさである。

 とはいえ、「誰が、どうやって規則違反かどうか判定するの?」という大きな疑問符が付いた施行だ。2秒以上の注視はダメ、というが、一方で「カーナビと一体化しているAVモニターは運転中も常時映画を映し出すことが出来る」し、元々は「運転中、見られない」はずのTV映像が映し出されているのも現実なのだ。「規制は厳しくすれど、その実効性は極めて貧弱」という印象がぬぐえない。

 そんな中、トヨタさんが、大衆向け車輌の旗頭として生産を続けてきたColloraのナビに、スマホ連係機能を強化したバージョンを採用している、という広告を見つけた。トヨタさんとしては当然、上述の運転中スマホ厳罰化を知っていての動きだから、政府に逆らうことなく着実に世界戦略を成し遂げてきた企業としては、ちょっとした冒険にも見える。逆に見れば、この法律自体が実効性が乏しく「刑罰の判断を下せないケースが殆ど」だと高をくくっているかのようにも思える。そんな不遜なことは考えていない、と応えるだろうが、本心はどうなのだろう。

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 このナビ、なかなかの画面サイズで、各種ナビ機能が充実しているうえに、通信機能もしっかりしていて外部デジタル機器とのリンクも簡単。クルマの中でかなりのことが出来てしまう。そのうえ、手持ちのスマホ機能を転送リンクさせて、ナビ画面上でも操作できます、と説明している。

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 はてさて、スマホはダメだが、ナビの操作なら運転操作の一環だからOKという理由付けが可能だということなのか。もし万が一とがめられるようなときは、「スマホじゃないです。ナビを操作してたんです。」と釈明できる、そんな情景さえ推測してしまう。ナビ操作も原則は運転中禁止だが、やむを得なかった、と泣きを入れられるということなのだろうか。

 そもそも、今回の法改正は、意識改革のためのもので、実際の取り締まり行為とはリンクしていないのかも知れない。だいいち、警察官が四六時中走っているクルマの中をのぞき込んでいるなんて不可能だし、もし気になるドライバーが見えたとしても、2秒以上見てただろう!、なんて咎める根拠も無いし実証も不可能だ。新しい法律の文言自体が、曖昧すぎるのである。違反のはずのTV映像を見ながら運転する行為の方がよっぽどコワイと思うのに、それが見逃されている現実とのギャップが大きすぎる、ということもある。

 そんな現実を見ていて思うのは、より危険なのは、自転車、歩行者の ”ながらスマホ” なんじゃないか、ということ。これは、ながらスマホで加害者になる、というよりも被害者になることを自ら招いてしまう、という観点からの危惧である。

 Mは、時間はそれほど長くないものの必ず毎日運転する。その時一番コワイのが、狭い道で前を走る、あるいは、歩く人。コワイ人の典型的なパターンは、周囲に対して全く警戒意識を持っていないタイプで、目はスマホ、耳は携帯型オーディオからの無線イヤホンに牛耳られている人だ。たぶん後ろから来るクルマに全く気付いていない。まさに、唯我独存(尊ではない!)状態で、周りからの情報を受け入れていない。狭い道で後ろにいるクルマの音も聞こえていないので、いきなり中央に向きを変えて来たりする。その段になって気付いて、まるでこちらに非があるかのように睨んで立ち去っていく。
 自転車もしかり。チラチラと前を見つつも、視覚行動の半分以上はスマホ画面に行っていて、耳は好きな音楽に占有されている。前から来る歩行者に気付くと、慌てて道の中央側にグッと寄ってくる。そんな様子は予め感じているからぶつからないで済んでいるものの、朝夕の自転車が多い時間帯は常にヒヤヒヤものなのだ。

 旧い人間のたわごとと判ってはいるが、やはり、人間は動物としてちゃんと行動して欲しい。ツールにどっぷりはまり込んで、外界を察知する能力を削ぎ取ってしまうのは、生き物としてオカシイ。イヌやネコのようになれ、とは言わないが、機械が与えてくれる情報よりも自分の脳みそで判断しなくてはならない情報が第1だ、と再認識して欲しい。

 それにしても、運転時スマホ厳罰化は、果たして効力を発揮できるのだろうか。

 疑念を持ちながらも、ガラケー使用者のMは、運転中の携帯連絡対応のために、ハンズフリートークのためのイヤホンをバッタ屋で見つけてきた(200円也)。

 本体を運転席前に固定するためのラックは、印刷した名刺を入れてあったプラスチックケースを切り貼りしてこしらえた。

 少し時間のかかる運転の際には、これらを使ってお咎め無く通話が出来る。

 交通警察、来るなら来い! ってことではないけれど。