Mです。
黄昏時になると、秋葉原電気街を取り巻く「大通り四角形」を、電照トラックがグルグルと走り始める(→蔵前橋通り→中央通り→警察署前通り→昭和通り→)。毎日必ず、というわけではないが結構な頻度でお目にかかる。
荷台周囲3面を電照パネルにして、そこにバイトの広告、アニメ広告、DVD広告などの大型パネルを貼り付けて、派手にディスプレイしている。もちろん、昼間でも走ってはいるのだが頻度は低い。どうしたって、その構造上、夜の方が印象深いからコスパが良いのだろう。
アドトラック、それが電照トラックの呼び名である。
ちょっと調べてみたら、週あたり30万円程度から請け負っているようだ。
発電機付きの特殊車両で、製作コストはざっと1000万円超だと見ているが、ニーズさえあれば十二分に儲けが出る仕事だろう。クルマは100万キロOKのディーゼル車だし、空荷で走っているのだから10年使ってもヘタリはしない。なかなか面白い商売もあったものだと思う。渋谷、新宿、池袋、といった繁華街もこの手の宣伝区域らしいが、秋葉原がやはり一番の稼ぎどころだろう。その他の地域に比べて、クルマの交通量が少なく、走りやすいことも好適だし、なんと言っても狙うべき客層が確実にたむろする場所だから。
さて、それらの広告のうち、オッサンの目から見て目立っていてしかも綺麗なのが、アニメの広告と女性声優さんのDVDアルバム広告。当然、秋葉原に合わせたアイテムが選択されているのは言うまでもない。
アニメが綺麗に仕上げられているのは当然のことだが、今では当たり前になった声優さんたちの歌手としてのプロモーション絵柄は、なかなかによく仕上げられている。同じものはせいぜい1週間ほどで、翌週には違う人のアルバムやコンサート広告が走り回るのだが、どれも説得力のある仕上がりになっているからスゴイ。
アニメ広告のトラックが信号で止まると、外国人観光客が道路に飛び出して一斉にスマホを向ける。
一方、声優さんのパネルだと、飛び出すほどではないがクルマの周囲に秋葉原特有の「におい」がする日本人男性が集まり、少し離れた位置から全方位撮影を始める。近づくとパネル全面が写らないので、良い塩梅の位置取りをしていると解るのだ。
声優さんたちのアルバム広告は、背景と人物がとても良い色合いで作られていて、画として見栄えがよい。白色照明で裏から光を当てることで一番効果的な発色になるよう工夫されていることが、よく判る。緑、赤、黄が実に鮮やかなのである。
声優さんたちが歌を売り物にするようになったのは、やはりアニメの隆盛による派生的なものが始まりだろう。
男性声優でアニソン歌手としても大御所のささきいさお(今はひらがな表記らしい)さんは、松本零士さんの宇宙戦艦ヤマトの主題歌でめちゃくちゃ有名だが、ヤマト初期作品では声優をつとめていなかった。他のアニメで既に有名になっていただけでなく、当初から歌手としても活動していたので、ヤマトの主題歌でその後のアニソンブームに火をつけた形なのかも知れない。
ただ、2000年以前は、アニメ声優さんがそのまま主題歌や挿入歌で歌手として活動するということはあまり目立っていなかったと思う。それが、アニメがどんどん多彩になりファンを増加させていくと、声優さんたちの層もどんどん厚くなり、若い声優さんたちは競争もあってだろうが、裏方ではなくて表でも活動するという新しい世界にチャレンジし始めたのかも知れない。
この世界にさして詳しいわけでもないのに印象深かったのは、2008年発表のマクロスフロンティアだ。TVアニメが評判になって劇場版が何作か追いかけた作品で、劇中歌が重要なストーリー要素になっているため、それを歌うヒロインたちが当然のこととして表に出てきた。マクロスの名を冠する作品は25年を経て代を重ねてきた名作だったということで、その四半世紀のうちに声優さんたちの立ち位置が大きく変わってきたのだと感じる。つまり、アニメという2次元画像だけが主体で、声を演じる声優さんたちはあまり表に出てこなかった時期と異なり、アニメの登場人物とその声優が一体化して、トータルとしての売り物になってきたと感じた。
声優さんたちは、俳優とはだいぶ違っている。俳優さんが声優を、というパターンは俳優のイメージを活かそうという狙いが見えている。外国映画の吹き替えがまさにそれである。一方、アニメ声優さんたちは、自身の姿形と全然違うキャラクターを演じているのかも知れないから、そのまま表に出てしまうとギャップがあって聴視者がとまどう、ということも考えられる。ところが、アニメが爆発的に売れてしまうと、登場するキャラクターと演じる声優さんが一体化して、少々の視覚的ギャップをものともしないファン層を作ってしまう。そのような作品が次々と現れて、演じる声優さんたちが、アニメキャラをコスプレで演じることさえ売り物になる、という変化をもたらしたのだと思う。
また、アニメ声優さんたちの歌は、歌を本業とする人たちの歌とも、明らかに違う。
アニメ声優さんたちは、幾色もの声を作り替えて演じるという特技を持っているだけに、歌声も切り替えて演じることが出来る、という点が特長だ。聞いている人は、その声でアニメキャラクターを脳の中に映像化している。そのことで、歌そのものを聞いているだけではなくて、特定のキャラクターの演技を楽しむ、という独特のとらえ方が出来るのだと思う。だから、歌う声優さんたちは、歌に合わせてキャラクターを使い分けることで、視聴者を「操っている」とも言える。
一般的な歌の世界とは別物の、声優ミュージックが、今は確実に存在しているのだと感じる。そしてそれは、2次元と3次元を、声優という人間を使って統合する世界なのだと思う。2次元歌手として誕生した「初音ミク」というキャラクターは、声優さんたちが作り上げた2&3次元融合文化から回帰的に派生した2次元キャラクターだと捉えると、とても興味深い。声優ミュージック文化を生み出した世界から「3次元は要らない」と感じる人々があらためて生まれて来たのだ、と感じるからである。
奥が深くて、楽しい世界。オッサンでもそう感じてしまうのが、この声優ミュージックの世界だと思う。
そんな新しい文化を宣伝するアドトラック。さすがに写真を撮りに行くほどの度胸はないが、見ていてとてもインパクトのある映像トラックは、間違いなく日本的文化のひとつになっていると思う。そして、声優さんたちの歌の世界も、文化として成立しているのだ。