理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

新型コロナ血漿療法 ; 日赤さん、がんばってもらえませんか?

Mです。

 ついに言い出したか、の感がある。

 先週初め、米国FDA(食品医薬品局;日本の厚生労働省に相当)が、緊急的な方策として、新型コロナウイルスに感染して回復した患者の血漿を、治療薬として用いることを認めた。
 ↓ 参考ニュース
 https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=69750

 日本赤十字さん、これって、あなたの出番じゃないですか?!

 

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  8月29日現在でおよそ600万人(!!)の感染者数に届いてしまった米国では、是が非でも効果のある治療法を採用せざるを得なくなっているのだと思う。既に18万人の患者が亡くなっている状況では、医療現場もパニック状態になっているケースもあろうかと想像する。

 感染症にかかった人が回復した、ということは、その人が原因となった菌やウイルスと戦って勝った、あるいは封じ込めたことを意味する。
 それは、その人の免疫系がうまく働いて病原微生物に対抗できた、ということだ。

 その仕組みは、液性の免疫、細胞性の免疫の二つの仕組みから出来ていて、それらが密にリンクして連携している。病原微生物がやってきたとき、巡邏警官のように体中を偵察してくれている監視役の細胞たち(リンパ球,白血球など)が、細菌やウイルスの攻撃を受けた場所(細胞、組織)を発見すると、その情報を即時攻撃する役の仲間に伝える。同時に、攻撃する武器をしっかりと準備して戦線を整える役の仲間にも、迎撃準備の指令を与える。
 速攻部隊は被害を受けた細胞や組織を木っ端みじんにして処理してしまう役を果たすので、江戸のむかしに活躍した町火消しのような働きだ。それ以上の被害を広げないように、前線で食い止めるのである。
 いっぽう、後続の徹底対戦部隊では、武器を持つ細胞の部隊と、敵を動けなくして処理するためのクスリを作る部隊とから成っていて、それぞれが大急ぎで対策をはじめる。前者が細胞性免疫の部隊で、直接的にウイルス感染してしまった細胞を処理したり、免疫系全体に関わる伝達物質をばらまいて免疫細胞たち全体の体制を整えたりする。いっぽう、後者がいわゆる抗体を作って敵を封じ込める液性免疫部隊、ということになる。液性免疫といっても、その工場そのものが、抗体産生細胞と呼ばれるリンパ球の仲間たちである。

 今回FDAが認めたのは、この抗体産生部隊に関わっている。抗体産生部隊が作り出した「抗-新型コロナウイルス抗体」を含んでいるはずの「回復患者血液」の利用、ということになる。

 回復した患者の血液には、しばらくの間、新型コロナウイルスを駆逐するのに使われていた抗体が残っている。そもそも、新型コロナウイルスとの戦いに勝ったと思えていても、実は、ウイルスはまだ残っているのかもしれない。病気の症状を出せるほどの数がなくなってしまったので、病気が治まったと見えているのかもしれないのだ。だから、回復してすぐの患者ほど、まだこの抗体を作り続けていて、アングラではウイルスを駆逐し続けている、ということもあるわけだ。
 ならば、この抗体を含んだ血を分けてもらって、細胞成分を除去した液体部分だけにして「特効薬」にしようではないか、というのが、このお話のエッセンスである。

 実はこの療法、かなり古くから知られていた方法で、珍しくも何ともないし、むしろ、当然考えるだろう方法である。ただし、普通の人がクスリととらえるモノとは、だいぶその性質が違う。
 クスリ、と聞いたときのイメージは、漢方薬のようないろいろな草木獣エキスが含まれる経験の蓄積で作られてきたモノと、特定の成分だけ選りすぐって抽出したり合成して作り上げた西洋薬と呼ばれるモノに分けられるだろう。

 では、この患者の血液由来のクスリは、どちらに入るのか? Mは、どちらにも入らないモノとしてとらえている。あえて言えば、臓器移植と同じ手法だと考える。なぜなら、血漿には、提供者個人に特有の要素が多分に含まれたままで、別人でもすんなり受け入れられる要素もあれば、受け入れられない、あるいは受け入れてはいけない要素もあるからだ。言い方を変えれば、リスクもあるが効果の方に期待する、という特殊なクスリなのである。

 先ほど「抗体」という語を使ったが、これは、結構大きなタンパク質で(免疫グロブリンと呼ばれる)、高等脊椎動物のリンパ球が特定の対象に対して作る体内のクスリである。今回は、この抗体を使いたくて患者血液を求めているのだが、実は、その抗体成分には多種多様のものが含まれている。ウイルスに対する抗体もあれば、全く関係のない対象に対する数々の抗体も含まれている。更にいえば、場合によっては、その提供者のもつ病原性微生物やウイルスさえ含んでいる可能性があるのだ。時間をかけて、必要な抗体成分だけを抽出してくることは可能だけれど、そんな時間をかけるだけの余裕がない。だから、固形成分を除いただけの「血漿」を治療薬に使おう、というわけである。

 川崎病、という子供のウイルス疾患がある。その治療法として、免疫グロブリン療法という方法があって、これは、献血で集められたりした多くの人の血漿から作ったクスリを用いる。多くの人からもらった血漿を集めて、そこから免疫グロブリンを多く含む部分を取り出したものである。その効果は高く、実に有用だ。本当のところはよく分からないものの、川崎病の原因になるウイルスはたいていの人が既に感染した経験があるが病気にならないで通り過ぎてしまった、と思われている。そしてそれは何度も繰り返して起こるので、普通の人の血液には常にこのウイルスに対抗する抗体が存在している。だから、選ぶことなく、いろいろな人由来の血漿を集めてそこから抗体成分を含む部分だけ採ってくることで、クスリになってしまう、ということなのだ。

 新型コロナウイルスの場合、回復した患者のモニタリングで、ウイルスに対する抗体の量が2ヶ月程度でどんどん減ってしまう、というデータもあるから、回復した患者さんに、なるべく早いうちに血液を提供してもらい、その血漿を使わせて欲しい、ということになる。

 とはいえ、実は、ことはそう簡単には済まない。
 先ほども記したように、血漿中には、場合によっては「良からぬもの、望まないもの」も含まれている可能性がある。また、誰もが知っているように、血液には型があって、型が合わないと赤血球が塊を作ってしまうが、その塊を作る元は血漿中にある赤血球型抗体、つまり免疫グロブリンなのだ。
 そう考えると、この血漿療法は、回復患者さんからもらった血液をすぐに使える、というわけではないことが分かるだろう。
 そこで、行われるのが、含まれているかもしれないウイルスや細菌の除去または失活化(不活化と言う)、血液型抗体などの除去(吸着除去できる)、などの前処理になる。そのノウハウはほぼ確立されたものなので、ちゃんとした組織なら出来る。FDAが認めているのも、そういう手法で安全にした血漿を治療薬に使うこと、に他ならないだろう。

 そう考えると、米国のようにたくさんの発症者を抱える状況とは違うものの、確実な治療薬がない現状で、しかも、各種の試みが進んでいるものの確実性が見えないワクチン開発の現状なのだから、日本でも、血漿療法の採用を考えておくべきだと思う。

 幸いにして、日本には、血液の公的組織「日本赤十字社」がある。
 彼らは、血液のエキスパート集団で、無償の献血、という世界に誇れる制度を確立して実践している。

 新型コロナウイルス対応ですべてのデータを抱えているはずの国立感染症研究所から感染者の動向リストを提供してもらい、回復患者さんの了承の後、日赤さんが献血ルームなどでその人から血液提供してもらう。それを集めて、血漿成分を分離し、日赤さんの設備で安全化処理を施し、「新型コロナ感染症治療薬」として製造する。
 医師会とも密に連絡を取りつつ、全国規模でこのクスリをうまく使っていくと同時に、その効果をモニタリングしていく。

 国民の連帯が容易に得られる日本だからこそ、可能な策ではないだろうか。
 
 是非とも、日赤さんにその力を見せて欲しい。