理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

トリチウム含有廃液の海洋放出

Mです。

**安全にやるから大丈夫。海に流しちゃいます。**
**怖くないから、国民の皆さん、これまでのことは水に流してください。**

ついに政府が踏み切った。

 どんどん増えるばかりの福島被災原発のALPS処理後廃液が、もうどうにもならなくなってきている。
 ALPSという処理装置は、日本語では多核種除去設備と呼ばれ、核汚染物質の入った水溶廃液から、放射性ストロンチウム放射性セシウムなど危険度の高い放射性物質を取り除くために、フランスなどから大急ぎで輸入して被災原発の汚染水を処理しているものだ。ただ、この装置は、イオン化していて極性のある物質の除去は出来るものの、トリチウムのようなイオン化していない放射性物質は除けない。だから、ALPS処理廃液として、被災原発敷地内に廃液タンクばかりがどんどん増えていく、という状況を作ってしまった。

 当初国が示していた廃炉処理40年など、今や誰も信じていない状況に陥っている。

 燃料デブリの取り出しはほぼ絶望的に見えるのだが、それでもまだ、「出来るはずだ論法」で推し進めている。誰が未来を見据えているのだろう。少なくとも、Mには、このままなら出口が見えない暗闇、にしか思えない。初期から思っていたのだが、最終的には、チェルノブイリと同じく、永遠のコンクリート棺桶にするしかないのではないかと感じている。

 それはさておき、敷地内で収まるはずのないタンク増設が不可能なのは誰が見ても分かること。で、とりあえず、海に流しちゃうしかない、と宣言したわけである。

 ALPS廃液は直径12m、高さ12.5mの1220㎥タンクに蓄えられている。2020年末にはその数が1000基を超えているという。貯蔵可能な量は総量137万㎥で、現状、その9割が埋まっているのだそうだ。敷地内がタンクで埋め尽くされている様子は、緊迫感にあふれている。

 東電は、2022年夏には満杯になると言っているが、裏を返せば、それ以上は入りませんからどうにかして、と当局に「スガ」って来ていたのだろう。

 トリチウムは、3重水素と呼ばれていることからわかるように、普通の水素原子が陽子一個と電子1個で出来ているのに対して、陽子1個に中性子が2個くっついた原子核の周りを1個の電子が回っているという構造で、普通の水素原子に比べると不安定でβ崩壊(電子が飛び出る)と呼ばれる核崩壊を起こす放射性物質なのだ。崩壊速度は半減期12年あまりと、小さな原子にしては寿命が長く、なかなか消滅しない。常に宇宙線が降り注いでいる地球の大気圏内では、わずかずつではあるものの常に作られているから、地球上からなくなることはあり得ない。人間を含む生き物たちはすべて、自分のカラダを作る構成要素として身体の中に取り込んでしまっているので、放射性物質とは言ってもごく当たり前の物質である。体重60kgの人間だと、体内に50ベクレル程度のトリチウムを持っているのだそうだ。だから、自然界に普通に存在しているレベルなら、トリチウムは何の問題もない。つまり、存在するだけで恐ろしい物質ではない、ということをみんなが理解しておく必要がある。

 とはいえ、それは自然界の通常レベルの線量なのであって、トリチウム濃度が高ければ当然生き物に放射線障害を与えることになる。
 その安全基準が国際的にも定まっていて、環境水中のトリチウムの場合、60000ベクレル/L未満なら安全ということにされている。現在被災原発敷地内にあるタンク内の濃度は、高く見た場合で300万ベクレル/L程だと発表されているから、これを信じるなら、最低でも50倍希釈すれば国際安全基準をクリアできる、と判断できる。だから、貯まりにたまってしまったトリチウム汚染水をどうするかを考えたときに、無尽蔵の体積に見える海に放ってしまうしかない、となるのは、理屈からすれば仕方の無いことだと思う。なにしろ、ほかに方法は思いつかないのだから。

 現に、原子炉の運転冷却水には、正常な状態でも、炉心の核分裂で生じる放射線の作用でトリチウムができて、自然界の濃度以上に含まれている。冷却水は、熱を発する炉心の周りを巡っているから温められてしまう。冷やすための水がどんどん温かくなっては困るので、温まった水は捨てて冷たい水を補給する。つまりは、温冷却水の放出をしなくてはならない。日本の原発では、この温冷却水を常に海に放出しているのだが、その際、放出水の放射線量をモニタリングしながら安全基準以下になるようにして海に流している。原発が海の近くにある事が多いのは、この冷却水の排出が簡単だから、という理由も関係している。そしてこれは、国際的に見ても当たり前のことで、危険視はされていない。

 ドイツのメディアが、中国版の記事として日本のトリチウム廃液海洋投棄に関する論説を発信している。事実を的確に分析・解説していて、一読に値する。

 ↓ 

www.recordchina.co.jp

 どこの原発でも普通に流しているモノなのだから、安全基準さえ守れれば別にかまわないじゃないか、というのが当局の考え方である。そして、肯定的な見方が諸外国にもあるわけで、決して異常なことではない、ということが、この論説からもうなずける。

 でも、それで本当に良いのだろうか? という疑問がある。

 トリチウム廃液とは言っているが、ALPSで処理できるはずの他種放射性物質が完全に除去されているとも言えず、詳細は明らかにされていない。そもそも、事故原発廃炉できるという前提自体が怪しい東電と国の処理事業は、現状で疑念がいっぱいの状態だ。基本的に、隠せる物は隠したい、という体質が見えてしまっている。そんな状況の中で、貯まってしまったからには仕方ないね、と簡単に同調できる雰囲気にはない、ということが一番の問題なのだと思う。

 論理的にこれしかない、ということは認める。しかし一方で、その具体的な方法論が明確に示されていないのでは、誰も納得できないと思うのだ。
 政府が言う「大希釈して安全な濃度にしてから放出」、という言い方にも、大いに疑問がある。

  ◆どこで希釈するの?

  ◆どうやって希釈するの?

 そんな素朴な疑問にも、何ら具体的方策が返ってこないからである。

 安全な濃度に希釈、のイメージを絵にしてみると、下の絵のようになる。
 左の小さな水槽の汚染水を、右の巨大な水槽に注いで海水をドバドバ入れて薄める、というイメージだ。薄めたらもう安全だから、巨大水槽から海に流すのである。

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 現実には、こんな巨大な水槽を作って希釈するなんてことはしないだろう。はるかに小さな混合装置で、少量の廃液を大量の海水と混合しながら徐々に廃棄していく、という手法が採られるのだろうと想像する。しかし、そのような装置であっても、今の言い様では、沿岸廃棄になると感じられる。
 そうだとすると、福島沿岸の漁業に風評被害が再び発生するのは明らかで、いくら政府が安全だからと言ったところで防げるものではない。現に、この状態を作ったのは長いこと続いていた国と企業との馴れ合いの結果だった。それを、失敗した後で、大丈夫だから大丈夫だから、と言い繕ってなだめるなんて無理なのだ。

 海洋放出、仕方が無いから認めましょう。でも、それならば、安全で、沿岸住民に危機感を与えない方法を考えなくてはいけないと思う。

 例えばの話として聞いて欲しい。
 公海上にまで続く長い長~い希釈と送水を兼ねる「放水管システム」でも作って、それを海底を這わせ、はるか沖合いまで敷設する。海底ケーブルのようなイメージだ。材質はステンレス管がいいだろう。先端には、強力な水流ファンを付けておいて、出てくる希釈汚染水を水流で分散させる工夫を行う。
 この装置の起点では、貯留廃液1に対して沿岸海水を汲み上げたものを9の割合で混ぜて送り出す。この送水管を大陸棚を超えて深くなる海に更に進めていき、公海上の深い海底で放出するのだ。もともと1/10に薄めて送り出した廃液を、遠くの深海で分散放出させるから、放出場所付近のトリチウム濃度が高いまま滞留することはないだろう。沿岸には一滴も漏らさないようにするのだから、沿岸漁業の脅威にならないはずだ。遠洋漁業にとっても、表層付近の問題ではないので、影響は無いと思う。ただ、深海の放出場所に棲む生き物たちには配慮する必要があるだろう。日本お得意の深海調査で、モニタリングも行うことにすれば、研究者には新しい知見になるし、海をより深く知る事に繫がっていくのではないかと思う。
 もちろん、この方法であっても、諸外国に了解を取ったうえで進める必要がある。

 ただの言葉だけではなく、具体的な実施計画を立てて相談すれば、現状で垂れ流しを容認している国々はもとより、より厳しい判断をする国々でも、ダメとは言わないだろうと思うのだ。

 まずは、知恵を絞った具体策を見せることだと思う。

 

 この問題に関しては、いくつもの関連資料が公開されている。
 下の資料は、経済産業省が公開している検討案の一つだ。そこここに、希釈して流しちゃうしかないよなぁ、という感じが漂っている。
経済産業省2018年公開資料)
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/009_04_02.pdf

 また、以下のものは、三菱総研が公開している解説資料だ。素人にもわかりやすくまとめられていて、参考になる。
(三菱総研 2018コラム)
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180620.html

 

 どうしようもない状況にある福島被災原発の今と将来について、正直に、そして、現実的に、根本的解決策を考えるべき時期に来ていると思う。

 果たして、現政権と東電に、その気概と覚悟はあるのだろうか・・・

 願わくは、ウルトラQにあったような(気がする)海底人を怒らせて襲来を招くような事がないように、と祈るばかりだ。