理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

Office 迷走してるよね!

Mです。

 好き嫌いもあるだろうけれど、ずぅ~~っとAccessExcelを使い続けてきている者にとって、Microsoft Officeは、捨てられない存在になっている。

 Officeがバージョンを変えるたびに、他メーカーが、基本的な互換性のある類似ソフトを格安提供して来るのも、見方を変えれば、いかにOfficeというソフトが広く使われてきているかを示している証左だ。また、安く頒布すれば必ず買い手がつく、という点で、Officeというソフトがそれなりの高額商品だということも理由だろう。
 ちなみに、現状最新版の販売(売り切り)タイプ「Office Personal 2019」の売値は、3.3万円ほどだ。永年ライセンス、ということになっているから、高いのか安いのか判断できないのだが・・・

 とはいえ、Micorsoftさんは、Windows7ユーザーにOS無償アップグレードの権利を与えてWindows10に誘導した後、自らのソフト利用ユーザーを今流行のサブスクリプション型に誘導する戦略に出ていた。基幹ソフトOfficeに関しては、Office365なるクラウド型ソフトに一本化する、なんて流れがあったはず。Office2016が出た後、確かそんな話になっていた記憶がある。それなのに、なぜか2019が生まれ、さらには2021という売り切り型を今秋市場に出すのだと発表した。
 う~~む、戦略がわからなくなった。

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 クラウド型では顧客が十分に囲い込めない、ということなのか?
もしかしてコロナ禍での巣ごもり需要の所為なのか?

 大企業での業務処理にOfficeを使う場合、たしかに、全社共通のソフトとして一括サブスク対応で契約すれば、Lanで管理する社員全員を隈無く同じ管理下に置ける。不具合が生じても、契約内の対応で確実に復旧できるだろうから、情報管理部門としては自らが負担する責任の軽減にもなるだろう。
 一方で、小規模企業の場合、サブスク契約で社員全員分のOffice365契約をするよりも、管理者に決めた社員に売り切りタイプ正規版Officeを持たせ、他の社員は格段に安い他社互換ソフトを使わせて、社内Lanでデータの共有化さえ図れば、対外的なデータのやりとりの問題なども大抵は解決してしまう。だから、Micorosoftさんから見て、買い切り型ソフトは捨てるに忍びないニーズがある、ということなのだろうと想像している。

 かく言うM、Officeのバージョンは、なんと2010と2016で止まっている。しかも、主に使っているのは2010である。その後に生まれた新機能は、ほとんどがクラウド対応で生まれてきた機能で、Mのように基本的な作業をスタンドアローンのDesktopで行っている者にとっては、無用の長物。むしろ、2016バージョン以降で、「こんなコトもできますけど」といろいろコメントされるのが煩わしくてならない。それらは、殆どがクラウドに誘導するお知らせだから、もうウンザリなのだ。
 データのやりとりだけにNetを使って、作業はすべてちょっと大きめのDesktopで済ませるので、事実上2010で困らない。他者とのデータやりとりでも、ソフトのバージョンが上がっていっても下位互換は問題にならないから、誰にも文句は言われない。というか、大会社の方々も、実際のところOfficeのバージョン差を誰も気にしていないし、問題も生じないから、変える必要が発生しなかった、ということだ。

 ましてや、個人でのソフト利用ということになると、クラウド型Officeにする必然性はまず無いはず。新しがり屋さんがなびいた、ということはあろうが、ほとんどの場合、Officeがないとダメ、ということはなかっただろう。結局、見込んでいたほどOffice365への個人ユーザー移行が獲得できなかった、ということなのかも知れない。

 だから、売り切り型を捨てるわけにはいかなかった。

 と言うよりも、むしろ、売り切り型をもう一度収益の柱に引き戻そうとせざるを得なかった、ということだろうと推察する。
 迷走、と言ったら気を悪くするだろうが、状況としてはそうなっているように見える。

 スマホ中心への流れの中で、PCを使わずに済ませてしまえる社会に変化し、icrosoftさんも、結構焦っているのではないだろうか。

 コロナがらみで在宅業務が固定化してしまった状況でも、大企業が大きな一括契約でクラウド型管理を行うのは当然だろう。ただ一方で、社員個人レベルでの対応にも割安で協力する体制を見せたい、ということなのではないか。

 秋に販売開始のOffice2021の詳細情報は、まだ無い。ただ、価格だけは決まっているようで、2019バージョンと同じ、という情報だ。実際には、割安一括販売なんかも企業向けに行うだろう。要は、サブスク型に一本化、から、売り切り存続、で、両立の戦術を採用するのだろう。

 旧い奴だとお思いでしょうが・・・
 作るファイルにさえ互換性があるのなら、ソフトの更新に慌てることはない、というのがMの持論。お世話になってはおりますが、Micorosoftさんの上客ではないようで。
ゴメン!

「四戸」はいずこ?

Mです。

 以前から気になっていたのだけれど、これまで調べずにいた地名の不思議を、昼休みにググってみた。岩手県青森県の境界領域にあるはずの「四戸(しのへ)」についてだ。

 我が家のリビングの壁に、Biccameraさんが毎年タダで分けてくれるカレンダー付き日本地図が貼ってある。幅60cm高さ100cmの、結構大きな地図である。毎朝電気カミソリでひげを剃りながら3~4分ほど眺めるのが習慣。そのとき、ちょうど目の高さあたりに岩手と青森の県境が東西に走っていて、気づくとそのあたりを中心に眺めていることが多い。
 その度に、太平洋側に並ぶあの地名が目にとまる。


一戸 → 二戸 → 三戸 → 五戸 → 六戸 → 七戸 → 八戸 → 九戸


戸って、いったい何? そして、なんで四戸だけ無いの?


 数分の間に必ずその疑問が生じては、ひげを剃り終えると脳の記憶野からはじき出されて、有耶無耶になっている。

 今日の昼、そういえば、と急に思い立ってこの疑問を調べてみたのである。

 ググってみて驚いた。同じような疑問から発生したサイトがたくさんある。自治体のサイトもあれば個人の疑問解決サイトもあって、賑やかである。
 つまみ食いするように眺めてみると、ウィキさんも含め、諸説あって確定はしていないのだとわかった。ただ、古文書の記載内容を根拠にした解説もあって、信憑性の高そうなものもちゃんとある。
 その中で、シンプルでかつ筋立てのしっかりした岩手県の資料が興味深かった。
下が、そのサイトなのでご覧あれ。

https://www.pref.iwate.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/014/672/chimei.pdf

まずは、戸ってなに?

 武士が生まれた時代あたりから、陸奥は馬の産地として重宝された。馬の育成にはたくさんの飼料が必要なのでその供給地が決められ、同時にその地区が育成された馬を年貢として納める行政部署となった。その行政区が「戸」なのだそうだ。鎌倉時代史書吾妻鏡」に陸奥の「戸」から納められた馬のことを戸立(へだち)と表現されていて、既に12世紀より前から「戸」が存在していたらしい。
 簡単に言ってしまえば、年貢として納める陸奥馬の牧場であり集積地のくくりが「戸」だったのだ。
 武士が世の中の中枢を占めるようになって行くにつれて優れた馬の需要が高まり、陸奥の馬の増産が求められた。その結果として、複数の「戸」を作っていくとき、名称を番号で表していったので、一戸、二戸、三戸となった、ということなのだろう。地図上で見ていくと、現在の盛岡市近くにある一戸から始まって、北に順番に七戸まで並んでいき、いきなり海岸方向に南転して八戸、さらに南下して九戸で終わる。
地図上だとすぐ横に並んでいる九戸と一戸が奇妙に思えるが、じつは、この2カ所の間には急峻な山地が南北に連なっているので、一から七までは同じ街道上に順次北に並んでいて、七戸から八戸へはこの山地を北で迂回して南下してくる、という道路事情があったのだという。山越えもやればできないことはないが、やはり往来が楽な道を選んだのは当然のことだろう。

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さて、もう一つの疑問「四戸」はいずこ?
答えから言うと、ちゃんと「四戸」は存在していたのだそうだ。

ぼやけているので見にくいが、下の古地図の真ん中あたりにある。 

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 八戸と山地を挟んで西に当たる地域にあったのだが、九戸の乱といういざこざが起こって、四戸を治めていた櫛引氏という一族が滅び、四戸がその周辺の「戸」に分割吸収されてしまったのだという。八戸市の西部にある櫛引八幡宮には、四戸存在時の名称が残っていて、四戸八幡宮とも呼ばれているとのこと。そう考えると、三と五と八に挟まれた窮屈な地域に行政区がひしめいていたので、区画整理したようにも見える。

 兵どもが夢の跡 と芭蕉が詠んだのは藤原氏の本拠地平泉だが、陸奥の馬を巡って、地方の武士たちの勢力争いが常にどこかで起こっていたのだろう。

 町の名前が消えてしまう、というのは、そこに住んでいた人たちにとってはかなりショッキングな出来事だと思う。だからこそ、地名は消えても、神社の名前や通りの名前などに旧名が引き継がれていくという現象があちらこちらで見られるのだと思う。
 旧地名が番号で整理されていくのは、利便性優先で仕方の無いところもある。

 一方で、一戸から九戸という地名は、番号が名称そのものだった、という珍しいケースで興味深い。

それで当たりゃあ・・・

Mです。

ゲタ占い、信じます?

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 ↑ 足袋やネットさんから拝借

 画像関連、音声関連のアプリケーションを何度か購入したことのあるサイトから、
「宝くじ当選番号予想ソフト」なるモノを勧めるお知らせが来た。
 以下が、その文面だ。


 < どんなソフト >
 「ロト6」「ロト7」「ミニロト」それぞれの当選番号を予測するソフト。
 過去の当選番号の傾向を詳細に分析、そこから予測し、数字をはじき出します。
 よく出る数字をグラフで確認できたり、ランキング表示ができるなど、豊富な機能を搭載しています。
 < 特徴 >
  ・ 「5つの理論」から数字を予測
  ・ ソフトを起動すると、過去の当選番号を自動でダウンロード
  ・ 予測結果をロト購入用紙に直接印刷できる
  ・ 好きな番号を予測に入れたり、嫌いな数字を予測から外せる

 当選を保証するわけではありませんので、あらかじめご了承ください

 年金問題やコロナ不況が吹きまくるご時世、当たりゃあ、それはそれは嬉しいことだ。

 銀行預金をしたところで、バブル期のように10年預けりゃ5割増しで返ってくるなんてことはあり得ず、良くて数パーセント増えるかどうか。通帳が有料になるなど、銀行自身の保身策で、ヘタをすると預けていることで残高が減ることさえ起こりうる。銀行普通預金はもはや、タンス預金しておいてその存在自体を忘れてしまい粗大ゴミにしてしまう事を避けるくらいの役割、しかない時代である。

 当たるも八卦、当たらぬも・・・ と言って、運はどうやって巡ってくるかわからないものだ、と占い自体を遊びに捉えていられるのは余裕のある人びと。ゼニを無駄にする事が叶わない江戸町民は、よほどのことがなければ占いなんて頼まなかっただろう。
 その時勢、もし、富くじを当てましょう、という占い師が現れたらどうだったのかと想像してみる。たぶん、サクラを使って小さな予言をいくつか立て続けに当てて見せて、もしかすると・・・と思わせて話題作りをし、老舗の若旦那かなんかを誘い出して大金をせしめるワナを仕掛ける、なんていうのがオチだったのではないか。落語にありそうな「おはなし」である。

 そうやって見てみると、今回のお誘いは、実にアッケラカンとしている。
 何も隠していない。むしろ、方法論をさらけ出して、たった1つだけブラックボックスとして提示しているのである。
「5つの理論」という不思議な要素がブラックボックス
 そのほかの説明は、単に、過去のデータを全部ダウンロードして来てデータベース化し、整理するというだけのことを言っている。その上で、何か好きなキー番号を選べば、それに沿わせて頻度順配列か何かで予想の数字を引っ張り出してくる、という仕組みだとわかってしまう。

 実は、宝くじが結構好きなMは、以前にこれと同じ事をエクセルを使って実際に試したのである。
 宝くじに関するサイトはかなりあって、その中には過去の当選番号をデータ化してくれているところがある。ロト6がいいな、と思ったので、それらのサイトから過去データをCSVファイルで頂戴し、エクセル帳票に整理してA3用紙にびっしりとプリントアウトしてみた。たしか20枚以上になったが、それらを切り貼りしてつなげ、床に広げてみた。

 当選数字を赤コマにしておいたので、すべての当選番号が赤い川模様のようになって浮き出した。それを俯瞰してみると、面白いように赤い島がいくつも現れ、それが天の川のように連なってうごめく。きれいな波にはなるはずもないが、それでも、片側に偏っては戻ってさらに次の流れに連なる、という傾向らしきモノがいくつも現れる。それを眺めて、ああ、今の波はこっちに向かっているな、という感覚に沿わせて次の当たりの島を予想する。予想した辺りに狙いを定めて数字を5組予想してみる、ということをやったのである。
 その結果は、かなり面白いことになった。
 当てずっぽうにやっていた時は、6個の当たり数字のうち2個的中がせいぜいで、ごくたまに3個的中で1,000円戻り、だった。それが、上の俯瞰法でやってみた10回ほどの実戦で、3個的中が3回、4個的中が1回発生したのである。こりゃ、行けるかも、とときめいた!
 が、その後も10回ほど続けたものの、それ以上の戦績になることはなく、4個的中も現れなかった。
 やはり、コスパはせいぜいトントンで、それ以上にはならなかったのである。

 当てずっぽうに比べれば、過去データからの傾向分析はそれなりに当たり易くはなっていた、というのが実際の経験から得た感触だ。ただ、そこまでの話で、それ以上のものではない。たとえば、20回程度の試行でもし5個的中でも起こっていたら止めずに今も続けていたかも知れないが、結局のところ、そういう感触は得られなかったのである。

 そう考えると、今回の「お勧め」も、自分で試してみた方法の上を行くとは到底思えない。3個的中くらいは結構な頻度で起こるだろうとは思う。が、あとは運次第。結局は、当たるも八卦、の世界だということ。

 ゲタの天気占いと大きな差はないだろう。
 いや、ゲタ占いの方がゼッタイに良く当たるはずだ。だって、相手が、晴れ、曇り、雨の3択だもの。

孫と公園。その10 林試の森公園と初ラーメン

薬剤師Y子です。

コロナ禍の冬、孫2人(4才と1才)、息子(孫たちの父)、夫M、私、の計5名で、朝から林試の森公園に行きました。息子一家は何度も行っている公園ですが、私が行くのは初めてです。 

1000enpark.com

林試の森公園は、上記「1000円もって公園へ行こう!」サイトの紹介写真も「第一印象は、緑!」ですし、名称も「うちは公園である前に森なんです」と言ってる感じなので、子供の頃の主な遊び場が「昭和30年代の森(あるいは里山)」だった私は、とても楽しみにしていました。

実際に行ってみたら期待どおり。樹木が伸び伸びと葉を茂らせ、適度な起伏があります。また幼児用の遊具や砂場が密集することなく配置されていて、全体として広大なので、周囲が混雑してきたら少し離れた場所に移動することも出来る、今の私たちにピッタリの公園でした。もちろん「何時間いても無料!」です。

大人たちは皆、マスクをしていますが、幼児は「してる子」「してない子」が半々ぐらい。うちの4才女児(マスクなし)は途中から、『ドングリを拾い集めては、そこで出会った推定2才の女児(マスクと手袋を着用)に「はい!」と手渡す』という遊びにハマり、延々と続けていました。でも少し離れた場所で見守る「2才女児の母」は明らかに迷惑顔。どうなるのかなあ、と思ってみていたら、うちの4才児が狭い範囲に10個以上もドングリが落ちている場所を見つけ満面の笑みを浮かべて拾い始めた途端に、黙って2才児を抱き上げ、素早く離れて行きました。とりあえず一件落着!

この日、私たちの外遊びは「1才児とオトーサンが昼まで。4才児と祖父母は外でのランチを挟んで夕方まで」の予定でした。4才の孫娘は麺類が好きで、祖父母と3人で外食するときは大体いつも「お子様うどんセット」のようなものを注文します。「林試の森公園の近くは飲食店が少なめ」という情報があったので事前に店を決めておきたくて相談したら「まだラーメンを食べたことがないから、食べてみたい」ということになり、オトーサンが弟を連れて家に帰った後で、公園の近くにある評判の良いラーメン店に3人で行くことになりました。

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夫Mは若い頃から「行列や混んでいる店が大嫌いで、何とか回避しようとする人」ですが、今回、孫娘という特別な存在のおかげで、既に何組かが順番待ちをしているラーメン店の列に「まあ仕方ないな」とソーシャル・ディスタンスを確保して並び、自分たちが座ったら満席になる店内に入ることが出来ました。

人生初のラーメンを喜んで食べる孫の隣に座って細やかに世話をしているMを向かいの席から観ていたら、M自身が書いた「歳を経て まるく なる」という記事を思い出しました。

www.yakuzaishi-y-co.work

孫たちの成長も楽しみですが、15才で知り合った夫Mが今後どんなオジーチャンになっていくのか、その点にも興味があります。 

ついに、猫にマタタビ の本質解明!?

Mです。

 岩手大学宮崎教授らのグループが、ついに、「猫にマタタビ」の本質を解明したという報道が飛んだ。

  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210121/k10012825001000.html
  https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-01-21

 

  ネペタラクトール(Nepetalactol)が、その本体。

  

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 イエネコだけではなく、猛獣として知られるライオンやトラでさえ、マタタビをいぶすとゴロニャン状態になるという、ビックリするような猫科特有の現象。

 マタタビの葉をつぶして嗅いでも、実を潰して嘗めても、ヒトはちょっと苦いと思う程度で何も感じるものはない。イヌだってそうだ。なのに、マタタビをいぶしたりすると、風に漂うニオイにつられて遠方から猫たちが集まってくるという図は、マンガのようで本当の話。

 M自身、マタタビを見分けられるようになって山の中で見つけたとき、この話を試してみたくてたまらなかった。実際に試そうと葉を摘んできたのだが、いぶす必要などなく、帰り道でいきなり猫が寄ってきて足下にゴロニャンしてきたときの驚きといったらなかった。なにしろ、猫の目が、近寄ってきたとき既に ”ホワ~ン” としていたのである。葉をわしづかみにしているMに、ねぇお兄さ~んっ、いい男じゃなぁ~い、と媚びを売ってくるのである。ただ問題は、相手の猫は男女、いや雌雄問わず、というところがちょっと違う。

 そのマタタビについては、化学が発達してくる中で、猫科のマタタビ嗜好に影響する物質的根拠を探そうという動きが生まれてきて、60年ほど前にネペタラクトン(Nepetalactone)がその原因物質だとして発見されていた。ネペタラクトールから水素を2個取り去った構造だ。上の構造式とは裏表がひっくり返っているだけで、形はほとんど同じである。

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 ハッカの成分として見いだされていた同物質が、猫科のマタタビ嗜好行動を誘発することは知られていたが、宮崎氏らは、それに満足していなかったのだろう。ネペタラクトンの「ゴロニャン」誘因効果は75%程度だといわれており、これが、現実の現象との乖離を感じさせたのかもしれない。

 更に深く探っていった結果、ネペタラクトンよりマタタビ嗜好行動を強く誘発し、しかも、マタタビの葉に10倍以上の濃度で存在することを確認したという。教授らの話によると、以前の抽出法、分析法ではそこまで行き着かなかった、ということらしい。確かによく似た構造式の物質で、単離手法、分析手法の進歩で可能になった発見なのだと思う。

 更に面白いことに、この物質は蚊などの昆虫に対する忌避作用が強いという。以前発見されていたネペタラクトンにもこの作用が確認されていて、教授らは、この蚊に対する防御効果が草木の生い茂った環境で暮らす猫科にとって有利だったから、マタタビ大好きの行動につながっていったのではないか、と話している。

 が、それはちょっと飛躍していると思う。動物の行動進化は、そう単純ではない。むしろ、都合が良いとか悪いとかではなく、猫科に共通した脳機能との関係で生じている現象だろう。蚊に効く、などという人間界の益不益とは次元が違う。
             
 それはともかくとして、こうなると次は、大脳生理学研究者たちの出番だ。ポジトロンCT、NMR、標識物質を使った蛍光や磁気探知、などなど、いろいろな方法で、ネペタラクトール投与時の猫たちの脳を、ありとあらゆる方法で解析していくことになるのだろう。そして、その応用として、快楽物質として、ヒトの医療応用につながっていく可能性もあるかもしれない。

 動物観察から新しいことを発見する。
 旧くから知られていた現象の中から、時としてキラリと光る大発見がもたらされる。
 なんとも嬉しく、そして少し羨ましい。

猫にマタタビ、ヒトに??
さて、Mがゴロニャンするのは、何に対してだろうか・・・

旧型バッテリーへの回帰

Mです。

 前回、バッテリーダウンの顛末を記した。

 寒さでダウンしたバッテリーと載せ替えた新品は、事前のフル充電で、その後快調に機能してくれている。ダウンした物に比べて総電気容量が1割ほど低いのだが、放出電流量は十分。マイナス近い屋外で駐車していても、悲鳴を上げることなく一発始動している。とりあえずは、目出度し・めでたし。

お役御免になったバッテリーについて、電圧低下の原因が陰極の劣化(サルフェーション;鉛電極表面で硫酸鉛が固着し、有効電極面積を減らしていく現象)が進んだせいなのかどうか知りたくて、電解液の量と質を調べてみようと思いたった。
 鉛蓄電池の電解液は希硫酸で、陰極である鉛のメッシュ構造表面と陽極である酸化鉛とのあいだで、電子のやりとりをしている。その際、陰極の鉛表面では、硫酸イオン(

SO4 2-)が鉛(Pb)と結合し、PbSO4となって電子が放出される。同時に、硫酸イオンが鉛と結合したことで水素イオン(H+)が発生している。一方、陽極では、陰極で放出された電子がやってくると、電解液中に過剰になっていた水素イオンに渡って水素(H2)になる。このままだと、水素がどんどん気体となってバッテリー内に溜まってしまうが、陽極の材料である酸化鉛(PbO2)の一部が硫酸鉛になって酸素を放出するため、多くの水素はその酸素と結合して水となり、電解液中に戻っていくことになる。
 運転中のバッテリーでは、この電気を作り出す反応とは逆に、エンジンの回転を利用して発電機を回し、その電気をバッテリーに逆方向で送り出している。つまりは、充電である。だから、エンジン始動時に大電流を消費しても、走りながら充電している仕組みになっているので、バッテリーは「あがらない」のである。
 ところが、バッテリーの陰極で生成した硫酸鉛は、安定した塩であるために充電作用で完全に元に戻れず、ごく一部が固定化する。それは、白色沈殿として底に沈むか、陰極表面に付着していく。そのため、塩(硫化鉛)を作ることで消費(固定化)された硫酸イオンが、徐々に電解液中から減少していくことになる。また、陰極表面に安定な硫酸鉛が付着することで、陰極の有効表面積が徐々に減少していく、という現象も加わる。これが、鉛バッテリーの能力低下の要因とされているサルフェーションだ。硫酸イオンの減少は、電解液の硫酸濃度低下に等しいので、それを調べるには電解液の比重を測定するのが一番簡単。そのために、今様の多くのバッテリーには、電解液の比重が判る「のぞき窓」が付いている。

    ↓ 青玉・赤玉タイプのぞき窓(良好時)

   f:id:otto-M:20210120231231p:plain(DYDENさんの資料から部分拝借)

 のぞき窓にはいくつかの種類があるが、いずれも、プラスチックの玉を電解液に浮かせて、比重が下がると玉が沈んでいくので見えなくなってしまう。という簡単な仕組みで比重の確認をしている。上図だと、真ん中の赤い玉が見えなくなる。また、電解液量が減ると、比重にかかわらず玉は見えなくなってしまうので、そのときはのぞき窓の辺縁部の色合いが変わって、液が減っているのだと分かる仕組みにもなっている。上図だと、青い縁の色が消える。

 さて、うちのクルマから降ろした「お役御免くん」はどうだったか?
 状況は、まさに、電解液の減少が起こっていた。

 まだのぞき窓がついていなかった頃のバッテリー液比重チェックでは、同じ原理を使ったスポイト型の比重計を使っていた。Mはそれを持っているので、電解液を吸い出したかったのだが、いかんせん、液補充が出来ないシールド型バッテリーなので吸い出すための口がない! そこでMは強硬手段に出た。どうせお払い箱なのだから、とことん見てやろうと思い、マイナスドライバーをバッテリー天面の溶着してある蓋の溝に差し込み、ベリベリと端の方を剥がしてみた。思った通り、天井には、以前ならねじ込み式の注入口にあたる穴が並んでいて、剥がし取った蓋の裏には穴に対応した十文字の突起がついていた。突起は穴にピッタリと収まるサイズで、天板溶着の際にズレを起こさないようにするためだけらしい。端っこの穴二つほどが見えるように天板を持ち上げて、手持ちのスポイト型比重計を突っ込む。ところが、液がなかなか吸い上げられない。液面がだいぶ下がっているようだった。深く突っ込んで吸い上げてみると、比重は限界値に行くほどは悪くない。どうにか正常域になっていた。
 ということは、液性はそれほど劣化していなかったのだ。つまり、サルフェーションが進んで電圧低下を起こしていたのではなくて、むしろ、電解液が減ってしまったために陰極板の上の方が液面から出てしまい、有効電極面積を減らしてしまっていたために、十分な電圧が得られなくなってしまった、ということだと判った。

 う~~む、メンテナンスフリーとしている鉛バッテリーは、どうやらメンテフリーを売り文句にしているだけで、メンテして長持ちさせようと考えるユーザーには無用の物なのかもしれない。いや、むしろ「大きなお世話」的存在に思えるのだった。

 天板プラスチックを熱溶着してしまっている構造なので、天板全部を剥がしてしまうと再設置不可能。蒸留水を加えて液面を整えてやろうかとも思ったが、諦めた。
 とはいえ、液性がそれほど悪くないなら、充電効果はあるはず。12.7Vまで低下していた電圧がどの程度まで戻るのかを見てみたくなった。
 充電器をつないで半日ほど、お役御免くんを充電してみた。
 結果は、充電終了ランプがついた時点で14.7Vまで戻っていた。フル充電の新品バッテリーには及ばないが、十分使える電圧まで戻っている。ただし、液不足もあるし、そこそこサルフェーションも起こしているはずだから、総電気容量は確実に落ちているはずなので、この電圧数値ほどの信頼は持てないだろう。とはいえ、ここまで復帰させられると云うことは、電解液不足の影響がとても大きかったことを物語っている。液補充できるタイプだったら、まだまだ現役でいられたのではないか、と思えたのである。

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 メンテナンスフリーバッテリーの液補充不要の理屈は、おおよそ上図のような蒸発水分の回収機構によるものだ。何のことは無い、蒸発した水分を天面で冷却して結露させ、傾斜面を伝わらせて電解液面に戻す、ということ。ちなみに、今回引き剥がした天板は、図中の青い楕円で囲った部分である。

 だが、そうだとすると、夏の暑い盛りには結露が起こりにくいはずだが、どうなるのか? 

 鉛バッテリー内部(陽極側)では、還元されて水に戻るはずの水素が、酸素と結合できないまま気化して少しずつ溜まってくるため、内圧が徐々に高まることが判っている。そのため、バッテリーの液補充蓋には小さな穴が開いていて、内圧が高まると簡単な弁を開く形で気体が外に出るようになっている。当然、水素だけではなく水蒸気を含んだ気体として出ていくことは不思議ではない。そしてそれは、余剰水素を抜く、ということだけではなく電解液の水分を飛ばしてしまうことにもつながる。
 メンテナンスフリーバッテリーにも、旧来型と同じように、圧抜きの小穴が設けてあるから、原理的には同じことだ。ただ、蒸気化した水分の回収効率を上げたから液補充(実際は蒸留水の補充)が要らない、と言っているだけなのだ。

 今回の「お役御免くん」は、そう考えると、液さえ補充してもらえれば・・・と悔しがっているのかもしれない。オレは、まだまだ働けたのに・・・と恨み目で睨まれているような気がする。

 せっかく充電してみたので、「お役御免くん」の剥がした天板を接着剤でモールドして復元した。液漏れしないようになっているので、何かの遊びにでも使えるかと思い、捨てないでおくことにした。

 今回の教訓。
 旧い男とお思いでしょうが・・・ 
 鉛バッテリーは、旧式の方が良い!!

旧型回帰である。

寒さでバッテリー・ダウン 温めてどうにか・・・

Mです。

 先週末9日からの寒波襲来で、日本海側の皆さんは、最近にない大雪で難渋されている。寒いとはいえ、雪のない関東人は、想像できる気がするものの、ほんとうの大変さがわからない。

 若い頃、札幌に住んでいたことがあって、当時の冬はなかなかの経験だった。
 地元の人に聞くと、それ以前に比べれば雪は少ないといわれたものの、1階だったアパートの窓は3月いっぱい雪の壁の中にあった。銭湯帰りには、ほんの数分で髪の毛が束になって凍り、シャラシャラと音を立てていた。ただ、札幌の雪は、ドライで吹けば飛んでしまうという点で、あまり邪魔にならなかった。むしろ、衣服の雪は玄関前ではたけばほとんど落ちてしまったので、雪の時期は洗濯の回数が減って助かった気さえする。札幌の知人と話したところでは、この冬は最近になく雪の量が多いとか。サラサラの雪なら良いが、と思わずにいられない。

北陸道でたくさんのクルマが立ち往生していた情報からも、この冬は暖冬と言われながらも気温の波が大きいように思う。

 雪が降らないだけでも助かっているが、それでも、先週末の夜の冷え込みはなかなかのものだった。その冷え込みで、休み中にしくじりを犯してしまった。
 バッテリー・ダウンだ。
 土曜の昼から月曜の夕方まで、クルマを一度も動かすことがなかった。そして、月曜の夜、さあ出かけなくては、という段になってエンジンがかからなかったのである。
 クルマのモニターが示す外気温はマイナス2℃。丸2日以上動かしていないのだから、もちろんエンジンルームも冷え切っていて、その温度。そのせいで、エンジンキーを回したとき、セルモーターの動きが鈍かった。それでも一旦エンジンがかかったのだが、そのときアクセルペダルを踏み込まなかったのがいけなかった。エンジン自体が冷え切っていたので、そのまま爆発が続かずにストンと止まってしまった。まずい、と思ったが後の祭り。もはやセルモータをちゃんと回せるだけの起電力がなかった。少し休ませながらキーを回したが、グッ グッ と少しだけピストンを動かすがそこで止まってしまうのだ。少し時間を空けて試すが、もうダメ。
 アチャ~~! 久しぶりのバッテリー「アガリ」だった。

 実は、積んでいるバッテリーは寿命が近いとわかっていた。交換は2017年8月。つまり、既に3年半のご老体なのだ。昔のようにバッテリーのメンテができれば良いのだが、今どきのバッテリーは、完全密封型が主流で電解液が減りにくい。とは言っても、実際には減ってくるのに補充ができない。以前に比べて性能がアップしたこともあり、蒸発水を循環できる構造にすることで、寿命を迎えるまでメンテフリーにして利便性を上げる方向にシフトしたのである。新品バッテリーの寿命は約2年、と言われている。だから、その期間はメンテフリーなのだ。
 ただ、うまく使えば3年、4年と保ってしまうので替え時が難しくなった。
 バッテリーをちょくちょく点検して液の補充をしていた頃は、蒸留水補充のたびに電圧測定をしてヘタリ具合を見極めながら、そろそろ交換だな、とか思っていたので「アガリ」は経験していない。今回も、弱っているのは知っていたので、3年前に予備に買ったバッテリーを常に車に積みこんでおいて、イザとなったら交換すればいいや、と気楽に考えていた。

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左が従来の液補充タイプ(プラス溝がついた補充口が6個ある)

右がメンテフリータイプ(マイナス溝の点検窓が左手前にある)

 

 アガッちまったからには仕方ない、新品に交換だ、とボンネットを開けて即交換。
 ところが、である。なんと、3年前の新品は、箱に入れたまま放って置いたものだったから、一度も充電されていなかったのだった。お笑いである。交換した新品バッテリーでは、セルモーターが全く動かない。こっちこそ、完全なアガリ状態だったと知った。

 はてさて、どうしたものか?!

 テスターを持ち出して2つのバッテリーの電圧を測ってみたら、搭載していたものは12.7Vだったのに対し、新品の方はなんと11.0V。セルモーターが動かないはずだ。新品の方は放電状態で使いようがなかったのである。

 残念ながら、手元には充電器がない。あったにしても、充電には少なくとも数時間必要だから、現実的ではない。予定があるので時間の猶予はそれほど無かったのである。

 となると、電圧的にはセルモーターが動くレベルにある旧い方がまだマシである。電圧が十分でも動かない、ということは、電流量が不足していることだから、バッテリーの化学反応を促進するしかない。冷え切っていて反応が進まないのだから、温めてやるしかない、と判断した。

 旧いバッテリーを屋内に持ち込み、ホットカーペットに載せて横から温風ヒーターで温める。電解液を温めるのには撹拌が重要だから、その状態でバッテリーを揺すりながら加温すること20分。テスターで測ると、電圧が少し上がって12.9Vになっていた。電圧変化があったということは、電解反応が進みやすくなったということだと判断してクルマに再度搭載。
 かかってくれっ!と念じつつ、キーを回す。
 グルグルグルッ とセルモーターが回り、エンジンがかかった。すかさずスロットルを開いて回転を上げる。しばらく回転を高めに保ってエンジン音が軽くなるのを待った。
どうやら、セーフ!!

 どうにか1時間ほどの遅れで、出発できた。

 いやはや、寒さはバッテリーの大敵だ。ガソリンエンジンならこれほどのことはないが、我が家の車はディーゼル。電気、燃料電池、と変遷していくクルマの中で、もはや古株である。始動時に50A以上の電流量が必要なディーゼルエンジンは、バッテリーの管理がガソリン車以上にシビア。今更ながらに、早めに交換しておけば良かったと後悔した。

 新品にもかかわらず放電してしまって使えないバッテリーを予備にしていた己が、何とも滑稽な出来事だった。
 この「新品」君、今日一日、充電器につないでおいたから、今はフルパワー。
 週末にでも、どうにか動いてくれているセンパイと交代してもらおう。