理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

家庭内消毒に イソプロ はいかが?!

Mです。

肺炎ウイルスなんかに負けるな!

 そのために最も手近で効果的な方法として、メディアも報じているアルコール(エタノール)消毒がある。ところが、この報道も手伝って、消毒用のエタノールがドラッグストアから消えてしまった。マスク騒動と同じである。

  エタノールが手に入らない、と、疾病以前の問題でパニックになってしまう方もおられよう。

 ここはひとつ、別対応として、イソプロピルアルコールを使ってみてはどうだろう。

 新型肺炎ウイルスがらみの報道が次々と押し寄せてきて、戦々恐々の感をおぼえている方々、あまり怖がらずに、きちんと相手を見据えてもらいたいと思う。

 要は「ウイルスを含むものを体内に入れない」に尽きる。その相手は、くしゃみで飛んできた飛沫かも知れないし、ウイルスを含む液体(唾液、体液、など)が付着した物を触った自分の手かも知れない。そいつらを怖くないかたち、つまり、活性を失わせてしまえば勝ちなのだ(失活という)。
 アルコール消毒、と言うように、「エタノール」消毒に限定した物ではない、ということを知ってもらいたい。ほかのアルコールでも良いのである。

 実は、医療機関や関連研究施設でも、エタノールではなくイソプロピルアルコール(以後イソプロと略)を使って消毒することがある。あまり知られていないが、珍しいことではないのだ。イソプロはエタノールより炭素が一個だけ多いアルコールで、分類ではエタノールと同じく低級アルコールに分類される。低級と言っても、価値が低いと言うことではなくて分子として小さいアルコールの意味である。だから、その性質はエタノールとよく似ていて、水によく混ざるし可燃性であることも同じ。そして、ここで重要なことは、消毒薬としての効果も同等、あるいはそれ以上に強いのである。

 いささか古い論文になるが、イソプロがエタノールと同等、あるいは、それ以上の殺菌効果をもつことを調べた報告がある(国立京都病院、出井氏、1960年2月)。それくらい古くから知られているのである。
 ↓ 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iryo1946/14/2/14_2_98/_pdf/-char/en

 近年の研究で、ノロウイルスを失活させる効果はエタノールに劣るという報告があるが、効かないと言うことではないし、コロナウイルスに関する報告は少し検索しただけでは見つからなかった。新型コロナに関しては現在進行中で、まだわからないとしか言いようがない。でも、たぶん効くはずだ。

 このイソプロ、消毒用の製品としてもドラッグストア等で売られているらしいが、残念ながら、Mは見たことがない。消毒用アルコール製品の添加物としてイソプロが使われているものは「消毒用エタノールIP」などという名前で知られている。

↓ 医療用としてのイソプロ情報は次のサイトを参照。
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00047422

 ところが、それら消毒用とは全く別の用途、器具洗浄や溶剤の用途でも売られていて、これは消毒用ジャンルには入っていない。ネットでちょっと調べてみてもらえばすぐに出てくるはずだ。IPAなどという名称で4Lサイズ2000円弱の製品もある。純度は99.9%。これを使わない手はない、と思うのだ。

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 実は、その昔、Mが生体材料を使って実験研究していた当時にも、消毒用として使っていた。もちろんエタノールも使っていたが、イソプロの方が断然安いので、使い捨てするときにはイソプロ、器具などの消毒保管にはエタノール、と使い分けていた。また、上で紹介した論文にもあるが、細菌に対する消毒効果はエタノールが70~80%希釈液である必要があるのに対して、イソプロは40~50%で良いので、もともと安い上に濃度も低くて済んで経済的だった。汚染された場所に撒いて消毒、というような用途にも使えて重宝していたのである。

 ただ、エタノールに比べて臭いがきつく、脱脂作用も強いので指が荒れやすい、という点には注意が必要だ。狭い部屋で量を使うと頭痛がするほど臭い。
 とはいえ、たとえばドアノブや手すりなどを拭いたりするには、多量に使うことはないから問題ないし、そのときは臭いがきつくても、揮発して消えてしまうのでそれほど気にすることはない。

 アルコール消毒液を玄関に置いておきたいけど、売っていない。と困っている方、イソプロで消毒綿を作るのも一案だと思うのです。

 簡単な例として、Mが当時行っていた方法を記してみる。
 広口ビン(当時はネスカフェの大ビンを使っていた)にカット綿(ドラッグストアで売っている)を硬く詰め込み、そこに水で50%に希釈したイソプロをひたひたに入れる。ただこれだけである。水は、飲み水で良い。
 蓋をしっかりと閉めておけば、イソプロが飛んでしまうことはない。使うときは少量のカット綿を抜き出して、よけいな液はビンに絞り戻す。絞った物が消毒用アルコール綿ということだ。ほとんどの体積が綿で占められているので、アルコール液は少量でも済む。全体容積の3割ほどだ。
 ドアノブや手すりなど、ちょっと気持ち悪いな、と思う場所や、バッグの取っ手など、気になるところをサッと拭いて捨てられるから、けっこう便利だと思う。
 50%濃度で良いのであまり気にしなくて大丈夫だと思うが、塗装やプラスチックには、もしかするとイソプロで白く変質するものがあるかもしれない。気になる部分は、一度目立たないところを拭いて試しておく方が良いかもしれない。

 清潔を気にしすぎて精神的に参ってしまうことが無いよう、気楽に、そして的確に、キレイを保つ方法を選んでいくのが良いと思う。

 

 そうだ、絶対守らなくてはいけないことがあった!!
 原液に対しては、火気厳禁! これだけは守ってほしい。「たばこ吸いながら」なんて、もっての外です。アルコールは燃えても炎が見えにくいので、ひどい火傷を負うことになる。
 くれぐれもご用心を。

声優さんたちの歌手活動 と アドトラック

Mです。

 黄昏時になると、秋葉原電気街を取り巻く大通り四角形を、電照トラックがグルグルと走り始める(→蔵前橋通り→中央通り→警察署前通り→昭和通り→)。毎日必ず、ということはないが、結構な頻度でお目にかかる。荷台周囲3面を電照パネルにして、そこにバイトの広告、アニメ広告、DVD広告などの大型パネルを貼り付けて、派手にディスプレイしている。もちろん、昼間でも走ってはいるのだが頻度は低い。どうしたって、その構造上、夜の方が印象深いからコスパが良いのだろう。

 アドトラック、それが電照トラックの呼び名である。

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 ちょっと調べてみたら、週あたり30万円程度から請け負っているようだ。
 発電機付きの特殊車両で、製作コストはざっと1000万円超だと見ているが、ニーズさえあれば十二分に儲けが出る仕事だろう。クルマは100万キロOKのディーゼル車だし、空荷で走っているのだから10年使ってもヘタリはしない。なかなか面白い商売もあったものだと思う。渋谷、新宿、池袋、といった繁華街もこの手の宣伝区域らしいが、秋葉原がやはり一番の稼ぎどころだろう。その他の地域に比べて、クルマの交通量が少なく、走りやすいことも好適だし、なんと言っても狙うべき客層が確実にたむろする場所だから。

 さて、それらの広告のうち、オッサンの目から見て目立っていてしかも綺麗なのが、アニメの広告と女性声優さんのDVDアルバム広告。当然、秋葉原に合わせたアイテムが選択されているのは言うまでもない。
 アニメが綺麗に仕上げられているのは当然のことだが、今では当たり前になった声優さんたちの歌手としてのプロモーション絵柄は、なかなかによく仕上げられている。同じものはせいぜい1週間ほどで、翌週には違う人のアルバムやコンサート広告が走り回るのだが、どれも説得力のある仕上がりになっているからスゴイ。
 アニメ広告のトラックが信号で止まると、外国人観光客が道路に飛び出して一斉にスマホを向ける。
 一方、声優さんのパネルだと、飛び出すほどではないがクルマの周囲に秋葉原特有の「におい」がする日本人男性が集まり、少し離れた位置から全方位撮影を始める。近づくとパネル全面が写らないので、良い塩梅の位置取りをしていると解るのだ。
 声優さんたちのアルバム広告は、背景と人物がとても良い色合いで作られていて、画として見栄えがよい。白色照明で裏から光を当てることで一番効果的な発色になるよう工夫されていることが、よく判る。緑、赤、黄が実に鮮やかなのである。

 声優さんたちが歌を売り物にするようになったのは、やはりアニメの隆盛による派生的なものが始まりだろう。
 男性声優でアニソン歌手としても大御所のささきいさお(今はひらがな表記らしい)さんは、松本零士さんの宇宙戦艦ヤマトの主題歌でめちゃくちゃ有名だが、ヤマト初期作品では声優をつとめていなかった。他のアニメで既に有名になっていただけでなく、当初から歌手としても活動していたので、ヤマトの主題歌でその後のアニソンブームに火をつけた形なのかも知れない。
 ただ、2000年以前は、アニメ声優さんがそのまま主題歌や挿入歌で歌手として活動するということはあまり目立っていなかったと思う。それが、アニメがどんどん多彩になりファンを増加させていくと、声優さんたちの層もどんどん厚くなり、若い声優さんたちは競争もあってだろうが、裏方ではなくて表でも活動するという新しい世界にチャレンジし始めたのかも知れない。
 この世界にさして詳しいわけでもないのに印象深かったのは、2008年発表のマクロスフロンティアだ。TVアニメが評判になって劇場版が何作か追いかけた作品で、劇中歌が重要なストーリー要素になっているため、それを歌うヒロインたちが当然のこととして表に出てきた。マクロスの名を冠する作品は25年を経て代を重ねてきた名作だったということで、その四半世紀のうちに声優さんたちの立ち位置が大きく変わってきたのだと感じる。つまり、アニメという2次元画像だけが主体で、声を演じる声優さんたちはあまり表に出てこなかった時期と異なり、アニメの登場人物とその声優が一体化して、トータルとしての売り物になってきたと感じた。

 声優さんたちは、俳優とはだいぶ違っている。俳優さんが声優を、というパターンは俳優のイメージを活かそうという狙いが見えている。外国映画の吹き替えがまさにそれである。一方、アニメ声優さんたちは、自身の姿形と全然違うキャラクターを演じているのかも知れないから、そのまま表に出てしまうとギャップがあって聴視者がとまどう、ということも考えられる。ところが、アニメが爆発的に売れてしまうと、登場するキャラクターと演じる声優さんが一体化して、少々の視覚的ギャップをものともしないファン層を作ってしまう。そのような作品が次々と現れて、演じる声優さんたちが、アニメキャラをコスプレで演じることさえ売り物になる、という変化をもたらしたのだと思う。
 また、アニメ声優さんたちの歌は、歌を本業とする人たちの歌とも、明らかに違う。
アニメ声優さんたちは、幾色もの声を作り替えて演じるという特技を持っているだけに、歌声も切り替えて演じることが出来る、という点が特長だ。聞いている人は、その声でアニメキャラクターを脳の中に映像化している。そのことで、歌そのものを聞いているだけではなくて、特定のキャラクターの演技を楽しむ、という独特のとらえ方が出来るのだと思う。だから、歌う声優さんたちは、歌に合わせてキャラクターを使い分けることで、視聴者を「操っている」とも言える。

 一般的な歌の世界とは別物の、声優ミュージックが、今は確実に存在しているのだと感じる。そしてそれは、2次元と3次元を、声優という人間を使って統合する世界なのだと思う。2次元歌手として誕生した「初音ミク」というキャラクターは、声優さんたちが作り上げた2&3次元融合文化から回帰的に派生した2次元キャラクターだと捉えると、とても興味深い。声優ミュージック文化を生み出した世界から「3次元は要らない」と感じる人々があらためて生まれて来たのだ、と感じるからである。

 奥が深くて、楽しい世界。オッサンでもそう感じてしまうのが、この声優ミュージックの世界だと思う。

 そんな新しい文化を宣伝するアドトラック。さすがに写真を撮りに行くほどの度胸はないが、見ていてとてもインパクトのある映像トラックは、間違いなく日本的文化のひとつになっていると思う。そして、声優さんたちの歌の世界も、文化として成立しているのだ。

漫画家けらえいこ氏、ジェンダーギャップ、昭和の歌謡曲など

薬剤師Y子です。

昨日の午前、フジテレビの午前の番組「ワイドナショー」に漫画あたしンちの作者けらえいこさんが出演していて、その存在感と『次の発言』が気になったので番組を最後まで視てしまいました。

けらさんは「漫画家という職業を選んだのは、女性であることによって差別されない数少ない職業だから」という意味の発言をされ、私は深く頷きました。

当然のことながら、この発言から始まる一連の「けらさん発言」には賛否両論があります。

賛否どちらからでも自分の意見を皆がネットで自由に発信できることは、本当に素晴らしい!

tsuiran.jp

 

昨年の暮れ、日本のジェンダーギャップ指数が過去最低になってしまった件について私は様々な記事を読み、色々なことを考えました。

2019年「ジェンダー・ギャップ指数」日本が110位から121位へ(153カ国中) | 世界のデータ | 国際協力NGOジョイセフ(JOICFP)

 

その1週間ほど前に(2019年12月10日)フィンランドで新しい首相が選出され、その人物が34才の女性であるという事実、そしてフィンランドの人たちが「彼女は有能だから当然」と思っているという事実に驚いたばかり。

政治的発言など一切せず、その一面において明らかに「ボーッと生きてた」自分について「ああ、ある意味、取り返しのつかない年月を過ごしてしまったなあ」と感じました。

www.fnn.jp

 

そして 「年齢や性別に関係なく能力を発揮できる社会を構築するためには、この場合、どっちを選択すべきか?」というようなことを、これから何かを選ぶときに必ず考えよう、と強く思いました。 

president.jp

 

上のプレジデント・ウーマン・オンラインの記事にも書かれていますが(3ページ目)、日本で最大の政党であり与党である自民党の「昇進システム」を皆が受け入れてしまっている、というのも困ったもので、ため息が出ます。

フィンランドで34歳女性首相が誕生した理由 | (3/4) | PRESIDENT WOMAN Online(プレジデント ウーマン オンライン) | “女性リーダーをつくる”

 

「世の中の大事なことを決めるオジサン達」の多くが、還暦を過ぎた私と同年代か、もっと年長で、私と同じような流行歌を聴きながら成長期や壮年期を過ごしてきた人々です。 

「私が子供だった頃に大ヒットした流行歌」のうち「還暦を過ぎた今でも歌える曲」は少ないけれど、次の2曲は「男女が平等でない社会」の強烈な印象と共に、私の記憶に深く刻み込まれています。 

 

まず、1962(昭和37)年に発売された、この曲。

www.uta-net.com

 「丈夫で長持ちいたします、てなこと言うから女房にした女性は、掃除や洗濯の能力が低く、食べることだけ3人前。ちょっと小言を言ったら家を出て行って、そのまま夫婦関係は修復できなかった。ふざけやがって!」というような感じの3番の歌詞が、軽快なメロディーと共に今でも勝手に自分の中から出てきて、たまに一人の時に口ずさんでしまったりするのでビックリです。

 

そして、1969(昭和44)年に発売された、この曲。

www.uta-net.com

「邪魔しないから、そばにおいて。悪いときは、ぶって。あなた好みの女になりたい」という歌が茶の間のテレビや職場のラジオから堂々と流されていた時代が確かにあり、 それを聴きながら生活していた人たちが今でも日本社会の「支配層」の多くを占めています。

 

性別も年齢も関係なく誰もが自分の意見を発信でき、能力を発揮できる場所を自由に探せる社会。

自分の価値観と同様に他人の価値観も尊重し、様々な人と共存していくのが当たり前の社会。

還暦を過ぎた私が生まれて育った「昭和の関東の田舎」は、そういう「私にとって理想的な社会」とは、ほど遠かったです。

 

私が子育てで忙しかった平成の前半も「現場が田舎」だったので、まあ、それはそれは色々と大変で、結果的に私は「余計なことを言わず、周囲が自分に求める役を上手に演じながら、笑顔で仕事に邁進するオバサン」として生きてきてしまいました。

「言いたいことの全てを口にすれば時間も手間もかかり、自分も周囲も疲れるから、ほどほどに発言して適当な落としどころを探ることで、自分と家族を守る」という選択をしたわけです。

でも、家庭内で夫Mと私Y子との間に男女差別はなく、二人の息子を「私から見る限り男尊女卑傾向のない男性」に育て上げることには成功したと思っています。

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今の私は子育てを終え、孫育てに関わりながら薬剤師として仕事をするオバアサンなので、若い頃のような遠慮や忖度は無用です。どこで何を発言しても、その発言が無視されることは稀で、それなりに尊重されています。

3才と0才の孫達が生きていく今後の社会を「理想的な社会」に近づけていくために自分に出来ることを常に探しながら、「これ、今やった方が良い」と判断したら直ちに実行する人間でありたいと思います。

 

ハイブリッド・マスクのすすめ

Mです。

 新型コロナウイルス(2019-nCoV)感染症で、年明け早々世界中が大わらわだ。

 2月4日時点での中国国内感染者数が、2万人を越えたという報道があった。突貫工事で千人規模収容の治療施設を作るといって、それが明日から稼働するというニュースの一方で、1日あたりの感染者増加数がその収容数を超えているという事実を知らされると、現場の混乱はいかほどかと危惧せざるを得ない。収束までには数ヶ月を要するだろうから、とにかく個々人がしっかりと注意して生活していくしかないだろう。

 最初は、ヒト-ヒト感染が起こりにくいらしい、とか、重症化率は低そうだ、とか、あまり深刻さが無かったのに、感染者数の増加率がグングン上がってくると、そうも言っていられなくなった感がある。この増加率は、ヒトからヒトへの感染が確実に起こっていることを示していると思われる。バスの中で運転手、ガイドの両方が乗客から感染したと思われる事象を見せられると、もはや、閉じられた空間では、エアロゾル感染は確実に起こると思わざるを得ない。

 闇雲に怖がっても仕方がないものの、いまや一般的な知識になってきているインフルエンザ対策と同様に、外出時の不織布マスク着用や帰宅後の手洗いは基本事項で、外着のまま居室に入らない、など、外からは何も持ち込まない、という意識を持つしかない。手洗いだけでなくて、顔を洗うことも考えるべきだろう。とにかく、出来ることはすべてやるべきだ。

 特に、感染症にかかりやすい幼児や小児に対しては、本人が嫌がってもやるべきことを怠らないようにしなくてはならないと思う。免疫系の発達が不十分なこどもが罹患して体内でウイルスを増殖させてしまうと、増殖率が高く変異型が発生する確率も高まる可能性がある。本人だけでなく、家族にもより大きな影響を与えてしまうリスクは、そうなる前の防備にかかっていると言える。

 この感染症拡大の影響で、巷間ではドラッグストアなどでマスクの品薄状態が続いている。特に、浮遊ウイルス遮蔽能力が高いことをうたっている製品は、爆買いの対象にもなっているようだ。関連工場も厳しい状況だと推測するが、フル稼働でガンバってもらいたい。

 そんなマスクについてなのだが、Mは、ずっと前からちょっと面白い使い方をしている。

 Mがマスクを多用しているのは、東京の空気がキレイではないから。

 自転車で走り回ることが多いため、どうしても、車道でクルマの排ガスにまみれながら走ることになる。昔に比べて、車の排ガスが格段に浄化されてきたのは嬉しいことだが、車道での粉じんは排ガス由来というよりも、路面とタイヤが擦れて出来るモノとそれを舞い上げる風の影響の方が大きく、季節にかかわらず、1時間も走っているとマスク表面は色が違ってしまうほどなのだ。

 現在主流のサージカルマスク型不織布マスクが普及する前は、ガーゼマスクを何組も持っていて、毎日水洗いしながら使っていた。買ったばかりの物よりも、一度ぬらして絞った後の方が目が詰まってほこりの除去効果が高いと感じていたので、買うとすぐにしばらく水に浸しておいてガーゼの繊維を膨らませて乱す、という方法を採っていた。さらに、完全に乾かさないで、むしろ絞ったまま使うことにしていた。その方が顔の凹凸にフィットさせる効果が高く、湿っていることで粒子の吸着性も高い。チョット息苦しいのはガマンして、濡れマスクを付けて自転車移動、ということが多かった。

 今はだいぶ減ったものの、少し前まではどこもかしこもタバコの煙だらけだったが、濡れマスクはその煙にも効果てきめん。帰ってからビックリしたのは、鼻や口のあたりに、黄色い模様が出来るほどタール色が出ていたことだ。道路の粉じんでマスク表面が黒っぽくなるのもすごいことだが、タバコの煙の濾過効果が色でわかるのも、驚きと同時に、不気味だった。それを吸い込んでいたら、タバコ嫌いなのに喫煙したのと同じだと思うと、誰に向けるともなく、向かっ腹が立ったものである。

 さすがに、今使っているのは不織布マスクだ。Y子の要請もあって、しばらく前に白十字さんの不織布マスクを大箱でまとめ買いしてあって、それを週2~3枚のペースで使っている。バッグの中にも数枚入れてあって、打ち合わせ後にタバコのにおいが付いてしまったときなどは、捨てて交換できるようにしている。不織布マスクが普及して良かったのは、煙草吸いと一緒の打ち合わせのとき、そのままかけていられる雰囲気になったことだ。さすがにガーゼマスクをしている当時は、毎回、カゼですか?などと聞かれてしまうのが面倒で、付けていたかったのだが、それはガマンしていたのだ。不織布マスクが普及して、マスクをしているのが特別な状況ではなくなったのは、歓迎すべきコトだ。外国の人々から見ると、いつもマスクをしている日本人は奇異に見えるそうだが、習慣だと思ってもらえればありがたい。

 ところで、この不織布マスクとガーゼマスク、実は併用がすこぶる良いのである。

 不織布マスクは、フィルター性能が高いことで知られている。鼻に当てる部分に形状を保つための当て物を封じ込めてあって、それを曲げると、そこそこのフィット性で鼻から頬にかけての機密性を保ってくれる。蛇腹様の部分を伸ばして顎まで被うと、外気中の粉じんなどの進入を防いでくれるように感じる。が、実は、フィットしているようでそうでもない。これは、誰もが感じているのではないか、と思う。

 Mの場合、自転車で走り回っているとき呼吸が激しくなると、吐く息でマスクは浮き上がる。さらに、呼気中の水蒸気でマスク裏面が湿ると、通気性が一気に落ちて、吸ったときにマスクが鼻を塞いでしまう。これは、不織布繊維が生物繊維ではなくて合成繊維で水を吸わないことによる。つまり、不織布表面に水が結露して膜を作ってしまうような状態なのだ。こうなると、ついにはマスクを外してしまうことになって、せっかくの防塵効果も活かしようがない。

 そこで、ガーゼマスクの登場。

 Mは、ガーゼマスクを今でも時々買っていて、こちらは耳かけの紐を取り去ってしまう。ガーゼを厚く重ねた本体部分だけ残して、これを水洗いしては絞って不織布マスクの中に「装着」するのである。ただ、これだけだと、ガーゼとは言っても濡れた状態で絞るとそこそこ固くなって顔に密着しない。だから、ガーゼマスク付属のガーゼ片も濡らして鼻梁とガーゼマスクの隙間を塞ぐように使うのだ。付属のガーゼ片は、洗っているとすぐに崩れてしまうので、ドラッグストアでガーゼも別買いしてあり、それを切って折りたたんで使っている。

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 紐を取ったマスク本体に折ったガーゼを当てて不織布マスクの内側に置いて顔に当てると、だいぶ厚ぼったくなるものの、不織布マスクの中央が高く脹らんで、かえって安定した形状になる。

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 こんな風に、不織布マスク中に濡れたガーゼマスクを装着して使うと、不織布部分はしっかりとフィルターになっているし、不織布だけだと隙間がふさげない部分を、濡れた木綿繊維が塞いでくれて、これもそこそこのフィルター性能を持ってくれる。しかも、湿っていることで、冬の乾燥期は鼻や喉に優しい。自転車で走り回っていても、不織布がひっついて苦しい、ということも無いから、マスクを外して息をしなくてはならない、ということがない。

 原始的だが、道具は使いよう、の実例だと思っている。
 ガーゼマスクは、3日に一回くらいハイター処理して除菌する。その際は、しっかり濯がないと塩素臭がして息が出来ないから、処理はチョット面倒だ。

 このハイブリッド用法、個人的には非常にリーズナブルだ、と自負している。

 興味のある方は、是非お試しあれ。

孫と公園。その5 浅草[文化観光センター][弁天山児童公園][隅田公園][EKIMISE]

薬剤師Y子です。

先日、還暦を過ぎた夫婦(Mと私)と外遊びが大好きな孫娘、計3名で浅草に行ってきました。

 

「孫と公園。その4」にも書きましたが、気温が低い今の時期に孫を思いっきり遊ばせて自分たちも楽しむためには寒冷対策が必須です。

www.yakuzaishi-y-co.work

 

そのため、今回も下調べに時間をかけ、浅草ならば駅から歩ける距離に「何時間いても無料で、3才の孫に合う遊具がある公園」が2つ以上あり、「幼児と一緒に出入りできる暖房の効いたビル」も多数あることを確認しました。

また、今回は行きませんでしたが日本最古の遊園地「花やしき」にも大いに興味があったので、公式サイトやクチコミや他の方のブロクに目を通しておきました。

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当日、浅草駅に着いたのが朝の9時台。駅から至近の「浅草文化観光センター」が年中無休で9時から開いていると分かっていたので直行し、3人で「B1のトイレ」から「8Fの展望テラス」までを念入りに見て回りました。

展望テラスでは、自分がいる場所の高さに驚く孫娘に「これから向こうに歩いて行って、あの辺で遊ぼうと思っている」と説明。その気になった彼女は、その後ずっと高いテンションを保っていました。

浅草文化観光センター 施設概要 台東区ホームページ

 

ビルの外に出て、浅草寺の東隣にある弁天山児童公園へ。昭和の香りが漂う懐かしい感じの公園です。到着時には空いていたので、どの遊具も待ち時間ゼロで自由に使うことが出来ました。

実は今日この記事を書く直前に、この下の「恐るべき児童公園」というブログで『うちの孫娘が気に入って何度も出たり入ったりしていた「カバさん」の遊具の内側に「カバの内臓」が描かれていた!』という衝撃の事実を知ってしまったので、次回は是非とも自分の目で確認したいです。

waradutoya.blog.ss-blog.jp

 

最初はガラガラだった弁天山児童公園が少しずつ混んできた頃、「違う公園にも行ってみよう!」と孫娘に声をかけ、徒歩で(孫は祖父Mの肩車に乗って)隅田公園へ。

隅田公園隅田川の両側にあり、かなり広大です。この下のサイトにあるパノラマ動画を見ると墨田区側はオシャレな「大人の公園」みたいですね。

visit-sumida.jp

 

私たち3人が行ったのは台東区側で、わが家の3歳児にピッタリの素晴らしい公園でした。意味不明の雄叫びを上げながら思いっきり走り回っても誰にも迷惑がかからず、トイレ完備、遊具は多様。

彼女は特にクジラ滑り台と木製アスレチックに魅力を感じたようで、何度も何度も繰り返し遊んでいました。 

iko-yo.net

 

昼食後も、木製アスレチックに魅入られた彼女の求めに応じて隅田公園に戻り、飽くことなく何周も回り、「24時間そこにあって何時間でも無料で遊び続けることが出来る公園遊具」のありがたさを再確認しました。

 

最後は、さすがに疲れを自覚して口数が少なくなった彼女を連れて浅草駅至近のエキミセ(EKIMISE)へ。

4階のキッズパーク「屋内砂場」と屋上「ハレテラス」で時間調整しながら少し遊べるだろうと期待していたのですが、勝手に思い描いていたのとは違う感じ(広さとか、寒さとか)だったので、断念。

フロアマップ/4F エキミセ 

フロアマップ/RF エキミセ

その代わり、6階の書店の絵本コーナーで、とても良い時間を過ごすことが出来ました。 

フロアマップ/6F エキミセ

 

帰りの電車では「先頭車両の先頭」に乗って、相互乗入の2社の運転士さんが交代する現場を偶然にも見ることが出来ました。

すっかり暗くなった夕方、孫娘は、約束の場所まで迎えに来た私たちの長男Cの腕の中に戻り、満面の笑みで祖父母に手を振りながら帰って行きました。

 

今回のミッションを無事に終えた翌日、最後のエキミセに関する私の情報源を再び確認したところ、参考にした他の方々のブログの日付が「やや古め」でした。

「幼児や乳児を連れて、ここに行ってきました。こういう点がオススメ!」と書いてあっても、そして掲載されている写真を見て私が「うちの孫にも良さそう」と思っても、当然のことながら「そこが今どういう状態か」は、公式サイト等で直前に確認する必要がありますよね。

今回はエキミセ6階くまざわ書店さんの絵本コーナーに用意されていた何種類もの絵本サンプルと多数の椅子に助けられましたが、祖母Y子としては「下調べの甘さ」を大いに反省しています。

 

久々の襲来 帯状疱疹からの脱出

Mです。

 自分ではいつのことだか忘れてしまっている幼少期、身体じゅうに紫色のチンキを塗られたことを、今でもはっきりと覚えている。大人たちが紫チンキと呼んでいたそれは、水疱瘡の発疹につけて痒みをおさえ、掻きむしってしまわないようにする塗り薬だった。その後、とんとお目にかかっていない薬で、もう存在しないのかも知れない。今なら、やはり抗ウイルス剤入りの軟膏の出番だろう。

 その原因ウイルスVaricella-Zoster Virus(ヘルペスウイルスの一種)は、いちど水疱瘡というかたちで感染症状を現すと、その病状が治まっても完全に駆逐されることなく、脊髄神経節などに棲みついて休眠状態で隠れている。それが、何年、何十年も経った頃、宿主であるヒトが体力低下(免疫系の活性および機能の低下)を起こすと、思い出したように眠りから覚めて少しだけ暴れ出す。滅多に重篤な症状に陥ることはないが、とても不快な症状を起こして、数週間のあいだ宿主を悩ます。これが、帯状疱疹だ。

 Mは、30年ほど前に左胸部背面に発症した。下着が触れるのも痛みに繋がる状態で、精神的にしんどかった。快癒までは2週間かからなかった。発疹が出始めたときに帯状疱疹であると判断できたので、クリニックに行くでもなく薬を使うでもなく、自らの免疫系に頑張ってもらって2週間足らずで治まった。仕事場の人たちには話していないので、誰も知らないままだった。

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  (オムロンヘルスケア さんから拝借)

 その後、20年ほど前に左肩後ろに2度目の発症があった。前の場所から脊椎骨で3個ほど上がった位置で、VZVのヤツら、頭部を目指しているのか?と思った。そんな目的はあるはずもないが、とにかく、棲みつく神経節が変わったことだけは確かだった。 2回目は、皮膚感覚が鋭敏になってなんかオカシイと感じたとき、帯状疱疹かな、とは推測していた。数日その状態が続き、ビリビリと強く痛み出すと、それから1日経ったくらいで見事な赤い斑点がボツボツと現れた。発疹発現から5日ほど痛みに悩まされ、その後、快方に向かった。このときも症状が消えるまでは、およそ2週間だった。モノの本には、発症から2~3週間とあるが、「いつから」というポイントがつかみにくい疾患なので、普通は確定してから2週間以内に快癒する、という感じの病気だ。

 幸いにして、2回とも神経痛が残るなどの後遺症もなく、スッキリと快癒した。

 そしてこの年明け、そいつは、左側頭部に現れた。

 5日の日曜日、PC作業していたら左耳の後ろから後頭部中央付近にかけての領域に、チクチクした感覚が生じた。触ってみると、右側に比べて皮膚が少し厚くなったような弾力を感じた。左側頭皮にだけ、表面に薄いゴムを被せたようなちょっと抵抗感のある感触で、指先に触れる毛髪の基部が痺れる。ついぞ忘れていたこの感覚。うわっ!これ、帯状疱疹じゃないの!? と思い、経過観察することに。
 違和感は徐々に増していき、6日になると、ゴム化した皮膚部域→首筋→左背胸部へと連なる” ひとすじ ” のズキズキ痛が短時間発生しては治まる、ということを繰り返し始めた。その痛みはレベルが少しずつ上がっていき、同日夜には鎮痛剤を使わなくてはならないレベルに達した。鎮痛剤には、自分に一番合っているものとしてエキセドリン錠を使い続けていて、それを飲むと痛みは軽減する。が、無くなることはない。痛みの度合いが増していくし、頭なので何をやっても集中できない。仕方なくエキセドリンを飲む間隔が短くなっていき、7日になると6時間置きに飲む始末。本来、一回2錠、一日2回が用法。8日にはさらに痛みの度合いと頻度が増して2錠飲んでも4時間くらいしか保たなくなってしまった。

 そんな様子を観察していたY子は、薬剤師としてそのまま放置できないと判断し、帯状疱疹に対する効果的な投薬方法を探ってくれて、それを試すことになった。

 帯状疱疹にはアセトアミノフェンの単剤投与の方が効くらしい、ということでタイレノールを購入して試してみた。しかし、残念ながらMにはあまり効果が無く、結局はエキセドリン一本で、Y子の管理下、投与量を注意しながら飲み続けることになった。

 こう書くと、その間は何も出来なかっただろうに、などと同情されるかも知れないが、実はそんなことはなく、痛いけれども原因は解っているので本人はいたって安穏。痛みさえ我慢すればなんということはない。ニット地のネックカバーという名称で売られていたものを見つけて、それを左側頭部から後頭部を保温するように被っていると、だいぶ痛みが薄らぐので、そのまま仕事していた。

 この症状のさなか、孫むすめをジジババで一日預かる予定が入っていて、11日がその日だった。エキセドリンを4時間毎に服用している時期で、この予定も、ちゃんと乗り切ったのである。面白いもので、肩馬が好きな孫を載せていると、痛いところが全て覆われてしまうのですこぶる調子がよい。痛みが起こりにくいのである。かといってずっと肩馬しているわけにも行かないから、滑り台で遊んだり丸太渡りをしたりと色々なことをして一日を過ごした。

 その日の夕方にはさすがに痛みの頻度が上がり、かなりしんどかった。身体的疲労で、免疫系がウイルスに押されていたのだろう。

 結局、今回の帯状疱疹は、発疹がほんの数個出たかな?くらいでそれ以上進むことはなく、痛みが徐々に引いていって17日にほぼ治まった。オカシイな、と気付いてから13日。ほぼ2週間の戦いだった。

 実は今回、帯状疱疹かな、と気付いたとき、アシクロビルという抗ウイルス薬を通販で買うかどうか迷った。

 この薬は、抗ヘルペス薬として20年以上使われ続けている信頼できる薬で、クリニックに行けば帯状疱疹と確定された段階で処方してもらうことが出来る。帯状疱疹向けの軟膏は市販されているが、内服薬は処方薬なので、医師の判断が前提である。しかし、確定判断は発疹を確認してからなので、帯状疱疹が出てからクリニックに行った患者のことを考えると、ウイルスの増殖阻止というこの薬本来の目的からすると、既に後れを取っている。医師の診断を受けるまでに、ウイルスは充分に増えていて、そのせいで発疹が出来ているのだから、本質的にはもっと早くに投薬すべきなのだ。けれども、医師の診断には発疹の発現確認が欠かせない。なぜなら、発疹が出ていない段階では、他の原因がいくつも考えられるわけで、安易にアシクロビルを処方するわけにはいかないのだ。採血して抗ヘルペス抗体価を測るということも手段としてはあるだろうが、殆どのヒトは抗ヘルペス抗体を持っているし、その濃度は疾患にかかっていなくても高めになっていることは考えられる。感染状態はざらにあるのだから、抗体陽性だからアシクロビル処方、とはいかないのである。

 というようなことを思いながら、左側頭部がチリチリしてきた段階で、ネット通販を探してアシクロビルを買ってしまおうか、と考えたのである。

 が、結局はやめにした。

 これまでに2回経験していて、痛いだけでそれ以上のことは起こらないことを知っているし、もし重篤な症状に繋がる兆候が出たら、その時は、よりしっかりした対応をしなくてはいけないことも知っている。しかも、現実的な問題としてネット販売している米国製の製剤が結構高いのだ。もちろん保険が利かない実費である。

 疱疹が出てから飲み始めたとして、1錠あたり150円程度のものを、一回4錠で一日6回、それを1週間続ける、というのが一般的な用法。つまり、1日あたり3600円を7日である。そんなことをするなら、我慢してクリニックに行った方が安上がりだ。とはいえ、クリニックに行くには発疹が出てからでないと処方箋が出ないかも知れない、というのも現実だ。

 要するに、自分で帯状疱疹であると確信しているMとしては、痛みを我慢できるかどうか、だけが判断基準だったのだ。

 アシクロビルの通販サイトの書き込みに、安心のために帯状疱疹に備えて買っておいて良かった、というコメントがあった。

 う~~む! 備えあれば憂いなし、というような頻度で帯状疱疹になる人がいるのだろうか? だとしたら、そんな頻度で発症する要因の方が問題なのではないか。

 Mの人生3回目の帯状疱疹騒ぎは、結局、出たか出ないか程度の疱疹で終幕となった。

 ところで、今回の発症場所は、20年前の場所から更に上に移ってついに頭部に達していた。ヤツら、やはり上昇志向だったのだ。Mが生きているかどうかの方が問題だが、次回はどこに現れるのだろう。

 それにしても、今回、発疹が殆ど出ないで完治したのは、孫のおかげかも知れない。肩の上で首周りを暖めてくれていた孫むすめのおかげで、じいさまの免疫系がガンバッタ結果なのではないか、と思っている。(ジジバカ!)

 孫は偉大である。

Win10の維持には、有線通信が良いかと・・・

Mです。

 家族で使っている合計8台のデスクトップPC。旧いアプリ用に必要な2台を除いて、昨日でサポート終了となったWin7をベースに、すべてWin10化している。
 アップグレードの時期は1年以上前から1ヶ月前までとマチマチ。おおむね順調に経過してきているのだが、1台だけトラブルを抱え続けている。

 Win7では滅多に起こらなかったトラブル画面、ストップ画面とも呼ばれるWin10のブルースクリーンエラー画面が、およそ3週間おきに発生している。ご丁寧に「修復します」という低姿勢のメッセージを表示してせっせと作業するも、結局、「修復できませんでした」と言って何度も繰り返すうちに、ついには自分でCドライブをメチャメチャにしてしまって、再起不能となる。

 ↓ この手の画面に、もう うんざりだ!

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 Win10から採用されているこの修復プロトコルは、実際うまく機能することがあるのだろうか、と思うほど失敗に終わっている。

 思うに、システムエラーが生じて正常状態の痕跡を探すものの、見つけることが出来ず、いろんなところにメモ書きをペタペタと貼りすぎて本体が見えなくなってしまった、という本末転倒な作業をしているようだ。
 そのたびに、システムをゼロから組み直していて、毎回、試運転、連続運転、ブラウザの長時間動作、大容量のパックアップ作業、などをさせて異常が無いことを確認している。既に、パーツの交換も行いながら3回やり直した。ところが、計ったように3週間ほどすると、起動時の初期スクリーンで「ディスクエラーチェックをしたい」と言ってくるようになる。その通りにすると、かなりのデータ修復作業らしきもの(データをコピー、消去、書き戻し)を1時間近くせっせと行う。その結果、異常があるから再起動してくれと言い、その通りにしてもまた「チェックしたい」と繰り返すようになる。これを無視すると、早晩、上記のストップ画面が現れるようになるのだ。

 Win10では、当初からこの画面が頻発するという多くの記事がネット上に出ていて、今でもその状況は続いているようだ。
 どうやら、世間で発生しているそういったトラブルに、我が家の1台も参加してしまっているらしい。

 ただ、マザーボードやメモリーモジュールが共通しているマシンが複数台あるのに、特定の1台のみがトラブルを繰り返すところに合点がいかなかった。

 そこで気づいたのが、この1台だけ、ネット・プロバイダーがWiFi通信提供者であるということ。

 以前に比べて通信設備が多くなり、だいぶマシになっているようだが、田舎では、やはり非力だと感じる。当該のPCも、田舎にある。4年くらい前まではカバーエリアギリギリの地域に位置していた。今ではカバーエリアとして記載されているが、本質はどうなのか、と勘ぐっている。


 実は、3年ほど前、ポケットWiFi通信でひどい目に遭ったことがある。
 東京23区内という、インフラ的に見ればかなり上位ランクにあるはずのところで、我が家のポケットWiFi端末が、機種変更を勧められて交換したと同時に通じなくなったのだ。プロバイダーに連絡を取って状況を説明するも、「お客様のエリアは完全に優良地域です」の一点張りで理解してもらえない。更新したポケット端末のアンテナ表示を見ながらマンションを出て周辺をサーベイしてみると、驚いたことに住んでいる場所を含む一辺200mのブロック内がまるでエアーポケットに陥ったごとくアンテナ表示がゼロになる。つまり、送信アンテナは周囲に何本もあるというプロバイダー側の説明にもかかわらず、現実には強度の影が出来てしまうエリアが発生しているということがわかった。しかし、それを説明しても、プロバイダーには対策が無く、結局のところ、機種変更直後に解約して違約金を取られる、という最悪の結末でThe end となった。

 そんな経験をしているので、ネットとの通信が電波のみ、という環境には、以前から不安を持っている。

 5G通信が始まろうという時期に今更有線崇拝か、と揶揄されるかも知れない。しかし、無線通信は所詮、無線なのだ。突発的な自然現象で遮断される場合もある。気象現象はもちろん、交通事象で強烈な電磁波が発生することもある。そんなとき、デジタルデータはあらかじめブロック化されて通信に乗っているから、瞬間的に欠落したとしてもブロック通信のやり直しで復旧される、という理屈はあるものの、本当にそうなるかをリアルに確認できる者はいない。

 そんなことを思いながら、我が家のトラブルっ子1台のログデータを眺めていたら、Win10のプログラム更新でのエラーがゾロゾロと積み重なっていたことがわかった。その結果として、更新作業の失敗がシステムのエラーに繋がってエンスト状態を起こしているようだと気づいた。つまり、WiFi通信で頻繁にシステムの更新作業を行っていくなかで、作業が完了できなかった事が積み重なり、強度の頭痛を発症したのだ。

 Win10は、それまでのOSシステムに比べてとても頻繁に細かな修正・更新を行っているようだ。これは、今後OSの更新でユーザーに負担をかけない、というマイクロソフトさんの方針によるもので、有料更新を行わない代わりに、通信を駆使して常に全世界のユーザーを監視・管理していくことでWindowsというシステムを安定的に維持できる、という論理だ。これは賢い方策で、個人的には賛成である。ただ、見方を変えれば、世界中のユーザーを使ってバグ修正を繰り返していく、という、ユーザーを畑とみなす大規模プランテーションでもある。小さなトラブルは起こるのが当たり前で、それが直ちに吸い上げられて修正が施されていくから全体としては安定的に推移する、という考え方だ。
 つまり、個人ユーザーがトラブルに遭遇してクラッシュしてしまう事があっても、Windowsシステム全体から見ると、それは改善のためのデータになって全体にとって良い方に還元されるからOK、ということだ。
 間違ってはいないし、そうすることで全体を維持できるから、それで良いと思う。

 とはいえ、小さな事象として記録され改善に役立てられる個人のトラブルは、その時点で何の解決も得られない、というのもまた、事実である。その当該ユーザーは、自分で処理する人ならフルインストールのやり直しになるし、販売店依存ならメーカー修理依頼をすることになる。どちらもご免被りたい、というのが現実だ。

 トラブルを抱えてしまった1台は、今後もしばらくWiFi環境でしかネットに繋げられない。ということは、通信状況が同じなら、やり直してもまた数週間でトラブルに見舞われる可能性があるということだ。

 そこで今度は、有線環境で完全に作り上げた後は、Windowsの更新データを一切とらないことにしよう、と考えている。

 ネットには繋ぐのだが、Win10の設定で「更新とセキュリティー」の項目をすべてOFFにしてしまおうと考えているのである。


 マイクロソフトさんは、Win10の大規模更新を半年ごとに行っている。前回は2019年9月で、そのバージョンが現在最新のVer.1909である。次回は2020年3月あたりだろう。
それまでは、細かな更新を一切受けず、次期バージョンが出てから、有線環境に繋いでそれまでの累積更新を一気に実施、そしてその後はまた半年後までお休み、という方法を採ろうと思う。

 更新は必要だろうから行うのだが、週に何度も発生している更新データのダウンロードとインストールは、100%無線環境ではチョット不安なのだ。

 5G通信が普及して行くとはいえ、日本全土隈無く同じグレードの通信が行えるほどのインフラが整うのか、と不安を持ってしまう。衛星通信が進むじゃないか、という人もいる。が、本当にどこでも均質になるなんてことはあり得ない、と思う。
 そう見ているMは、異端なのだろうか?