Mです。
人の感性はマチマチだ。
窓にピタッと貼りついて動き回っている灰緑色のヤモリを、かわいいと見とれてしまうMのような輩もいれば、同じ姿を目にして大声を上げて逃げてしまう人もいる。人々が集まる牡丹園の鮮やかな光景を見て、なんてハデハデしいんだとそっぽを向き、道ばたのヨメナの方を愛でてしまうのも、また同じ。ひねくれる、と言ってしまえばそうなのかもしれないが、そもそも、興味の対象が根っこから異なっているから、ものの評価も当然変わっていってしまう。ただ、それだけのことである。
Y子が、道で通り過ぎた女性の服装を見て、ホタルガみたいに綺麗だ、と言った。そしてすぐに、そんな風にいったら嫌がられるかもね、と言を引っ込めた。思わず笑ってしまったのだが、Mは、Y子の言う綺麗さが実によく理解できる。落ち着いていてコントラストのはっきりとした色使いのシックな装いだったのだろう、と想像できた。Y子の見て取ったイメージと全く同じなのかどうかは分からないけれど、遠く離れてはいないと思っている。
人は、固定概念を持ってしまうことが多い。そして、それが感性の判断基準に組み込まれてしまうことがある。蛇は忌み嫌うもの。よく分からない虫は怖いもの。にゅるにゅるしたミミズは汚いもの。びっしり毛が生えた毛虫はおぞましく気味の悪いもの。などなど。そして、それらをひっくるめて、分類学を完全無視した「蟲」なんていうなんだか分からない語を作ってしまったほどである。要するに、なんだか分からない得体の知れないものたちを、好まざるもの、として纏めてしまったのだろう。平安時代に得体の知れない恐ろしいものを鬼という名で括ってしまったように、魑魅魍魎と同列に、気味が悪いと多くの人が感じるモノたちを、日の当たる世界から隔絶してしまったのだと感る。
ところが、である。その姿形だけを見れば、アートにしか見えない色模様を持つ生き物はこの世の中にたくさんいて、分類してみれば、それらの生き物が、一方では嫌われているものとごく近縁だ、などということがままある。ホタルガもその一つだ。
蛾、と言うと、多くの人は、夜間に明かりに集まって鱗粉を飛ばす茶色や灰色の昆虫をイメージするだろう。昼間に見る蝶は、綺麗な昆虫として例えるくせに、夜に現れるごく近縁種のことを綺麗だという人は滅多に居ない。社交界の着飾ったおねえさんを夜の蝶などと呼ぶが、Mに言わせれば、蛾の方が適切だと思う。夜飛ぶ蛾には、まさに女王と言っても良いと思う姿形の蛾がいる。オオミズアオという大型の蛍光色のような白い蛾を見れば、綺麗だと思わない人はいないのではないか。オオミズアオの対局には、クスサンという蛾もいる。もう何十年も出会っていないが、色目は華美とはほど遠く、むしろ荘厳さを感じさせる茶系統の複雑模様をまとう厳めしい姿で、オオミズアオが女王なら、こちらは魔王の感覚だ。多くの人が、夜その姿を目にしたら、思わず背筋がのびるのではないかと想像する。それほどに、立派なのである。
話が横道にそれてしまった。軌道修正!
そんな、主に夜の昆虫だと思われている蛾のなかにも、昼に飛び回るものたちがいる。実は、ホタルガもその一つだ。
↑ ホタルガの雌(触角が小さい) 昆虫エクスプローラーさんから拝借
赤い頭に櫛状の長い触覚を伸ばし、燕尾服のような黒い衣装の下端付近にくっきりした白い帯。盛夏前の林の薄暗がりや中秋から晩秋の木立の中を、ヒラヒラと飛び回る昼行性の蛾。派手さはないが、その落ち着いた色調が何とも美しい。白抜きのある羽で羽ばたくとき、白い残像が薄暗い空間を移動していく光景はとても優雅だ。葉に停まった姿は、凜として涼やか。うっとりしてしまう。
その幼虫はというと、食草はサカキやヒサカキなので、農家の生け垣や庭の植え込みで頻繁に出会う。20mm程度の薄黄色に黒の縦縞がある毒々しい色調の毛虫だ。体には、毒のあるトゲが粗く生えている。大量発生するので、そこにもここにも危険マーク調の色が見えるくらいだ。脅かすと糸を吐いて葉っぱから離れてぶら下がる。それが面白くて、枝を揺らして毛虫にブランコをさせるのが面白かった。毒があるとは言ったが、たいした毒ではない。手の平ならどうということはないが、柔らかい腕の内側や手の甲にトゲが刺さると、あとからかぶれてかゆくなる、そんな程度の毒である。
↑ ホタルガの幼虫 昆虫エクスプローラーさんから拝借
成虫は捕まえると腹の先から汁を出し、これは何とも臭い代物。プロパンガスに付けてある臭気と青草をすりつぶしたニオイを混ぜたような臭さだ。幼虫の時代は、あまり臭くはないが口から緑色の液を出す。
美しいものにはトゲがある、と言うが、美しきものは敵をたじろがす武器を持っている、のである。
余談だが、昼に動き回る蛾をもう一つ紹介すると、スズメガの仲間たちがいる。その中でも、多くの人が蛾だと思っていないのが、オオスカシバではないだろうか。
スズメガの仲間の特徴は高速の羽ばたきで、ヒラヒラと飛ぶ蝶とは全く異質の直線的な滑空をする。オオスカシバはその仲間たちのなかでも羽ばたきが速く、羽化直後は白い鱗粉が羽一面に付いているのに、飛び立てるようになるとその高速羽ばたきのせいで付いていた鱗粉が跡形もなく飛び散ってしまい、透明な羽になる。どれくらい高速かというと毎秒70回ほどだと分かっていて、それはあのハチドリの羽ばたきと同レベルである。昆虫の羽ばたきという観点ならハエや蚊の方が一桁上だから、決してトップクラスと言うことではないが、その飛び方の特性は、自由自在の空中移動にある。下の写真にもあるように、透明の羽でホバリングしながら花の蜜を吸う姿は、ハチドリのそれとよく似ている。全く異なる構造を持つ生物が、ごく似た運動形態を獲得しているというところも、生物界の妙というものだろう。
↑ ホバリングでウツギ属の花で蜜を吸っているオオスカシバ Wikiさんから拝借
人それぞれ、好き嫌いはあるだろうが、時にはその壁を越えて眺めてみるのも良いと思う。今まで目を向けなかった世界に、思わぬ発見があるかもしれない。
虫の居ない冬になる前に、公園で虫探しでもしてみませんか?