理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

緊急速報 N95マスクはアルコール消毒禁忌 (日経メディカルさん)

Mです。

 今朝の日経メディカルさん電子版に、N95マスクのアルコール消毒再利用はダメとの報告があがった。

 報告者;西村 秀⼀(国⽴病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター)、
     阪⽥総⼀郎((株)メディエアジャパン)

 N95マスクの一般利用者がはごくわずかだろうから、普通の人々には関係ないと言えば関係ないのだが、物資不足の医療機関にとって、とりあえず「行けるんじゃないか?」と思いたくなるアルコール消毒が、むしろ性能を悪化させるという報告で、見逃すことは出来ない。
要注意!である。

報告によると、手法の概要は以下の通り。

①インフルエンザウイルスを、試験空間内にネブライザーで噴霧する。これにより、ウイルスを含む微小粒子が室内に浮遊する。
②吸引装置に装着した各種マスク素材を通して、試験空間内の空気を吸い込む。
③マスク素材を通過してくる微粒子を測定する。

 この方法で、N95マスク、一般サージカルマスク(医療用)について、未使用品、アルコール消毒後、紫外線滅菌後、の3種を、マスク素材無しの対照群と比較した。

 その結果は、驚くべき状況だった。

 マスク無しで浮遊粒子が全部通ってしまう対照を100とした時の粒子通過率は、、
   未使用N95マスク    ・・・ 1
   未使用サージカルマスク ・・・ 4 
となっていて、さすがN95と思わせる。
 しかし、これらをアルコール消毒してしまうと、
   N95・・・35 に対して
   サージカル・・・12 と、形勢逆転してしまった。

 性能劣化、という見方で言うとN95は30分の1以下の性能に落ちてしまったわけで、サージカルマスクの性能劣化が3分の1程度であるのに比べて、はるかに激しい性能低下、ということだ。

 これは、これらマスクのフィルター理論の差によるものということだ。
 不織布のサージカルマスクは、その不織布の目の細かさと立体的な網目構造で、物理的に微粒子を通さないようにしている。これに対して、N95マスクは、マスク素材の繊維表面などを特殊処理(たぶん企業秘密)している。その処理によって、静電吸着機能などの性能を持たせ、物理的通過阻止以上の性能を実現している。ところが、その表面処理がアルコールでダメージを受けてしまった、と考えられるようなのだ。

 ちなみに、アルコール処理と比較した紫外線滅菌処理では、
 N95・・・8、サージカル・・・6、となっていた。
 やはり新品より性能は低下していたものの、溶液で表面処理が影響を受けない分だけ軽く済んでいる。この程度なら、性能低下も、緊急時としては許容範囲かも知れない。

 せっかく保有しているアルコールを使って、良かれと思ってN95マスクの再生をしたら、N95性能を台無しにしてしまうのである。
医療機関さん、くれぐれもご用心を!

 でも、布マスクの場合は、こんな心配は無用だ!

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 そもそも、布マスクはサージカルやN95などとは比べものにならないほど微粒子の通過が起こってしまうから、吸い込まない、というよりは、自分のクシャミを周りに飛ばしにくくする、という使い道で考えていくしかない。
 そんな布マスクでは、素材の衛生を保つという観点で、もしアルコールを持っているのなら、是非ともアルコール消毒はやって欲しい。布マスクを洗って乾かしたら、アルコールを入れた密閉容器にしばらく浸けてから、よく絞って乾かす。それで清潔が保てるはずだ。密閉しておけば、アルコールは無くなるまで何度でも使える強い味方だ。

 手持ちのモノで、がんばろう!

COVID-19対応 発想の転換が必要かも

Mです。

 日増しにふえる感染者数。感染していても発症していないヒトはその何倍、あるいは何十倍いるかもわからない。社会生活をしている以上、他人との接触をゼロには出来ない。 今はもう、自分は感染している、と思うくらいの方が良いと思っている。これは、悲観的になる、ということではなくて、感染したからといって恐ろしいと思うことはない、そんな気構えでいるべきだ、ということ。

 毎年発生するインフルエンザも、だれだって感染したくはない。しかし、現状よりずっと甘い感覚でこれまでずっと過ごしてきたわけで、多くの人が空間を漂うインフルエンザウイルスが付いた塵を吸い込み、モノに付着したウイルスに触れて、気づかぬうちに身体に取り込んでしまっていたはずだ。でも、多くの場合、「あれ、チョット熱っぽいな」と思っても病院に駆け込んだりはしていなかったはず。栄養つけて寝てしまおう、とか、市販薬飲んで早寝、とか、それぞれの対応方法で、多くの場合は数日で乗り越えてしまうことが多かったはずだ。つまり、感染はしたんだけれど発症の初期でとどめて乗り越えた、ということだ。
 
 今回のウイルスも、似た相手には既に出会っていた。近年騒がれたMERS、SARSも、今回のウイルスの仲間だったわけで、人類はそれらもどうにか克服してきた状態だ。ただし、それらの疾患の元になったウイルスが地上から消えたわけではなくて、ヒトという生物集団がそいつらと共存しながら抑え込んでいる、というバランスの問題。今回の新型コロナウイルスも、拡がり方がドラスティックで大騒ぎになっているが、最終的にはどこかで ”低値安定” に落ち着くはずなのだ。ただ、それがいつになるのか分からず、感染が広まっている真っただ中だから大騒ぎになっている、と捉えるべきだ。

 そんな風に考えたとき、われわれは、どこに居るか判らないウイルスに怯えるよりも、既にそこに居る、あるいは、もう感染している、くらいに考えていた方が、かえって気楽なのではないかと思う。
 ふざけるな、と怒る人もいるだろうが、ちょっと考えてみて欲しい。いくら周りじゅうをアルコールで拭いて回ったところで見落としは必ずあるし、クリーンゾーンを普通の環境下で作るなんて不可能なのだ。
 もしウイルスを取り込んでしまっても発症しなければ良いのだし、もし発症しても、重くなる前に抑え込めば良い、と考えられるかどうかにかかっていると思う。

 そのために必要なのは、身体の活性を下げないこと。
 身体を外敵から守る免疫機能は、ストレスにめっぽう弱い。
 ストレスというと肉体的なストレスを考えがちだが、本当に大事なのは「気持ち面のストレス」で、脳が受け取るストレスの方がより重要なのだ。
 気持ちが落ち込んで・・・、というのも脳のストレス状態で、こうなると免疫系はガクンと活性が落ちる。この前も書いた気がするが、「病は気から」なのだ。
 良い空気を吸って、旨いものを食べて、しっかり休息する、というのが大原則なのだが、それが簡単にできないから、非常事態宣言は困ったものだ。
 が、モノは考え様。大きく動き回れないなら、最低でも部屋の窓を開けて空気を入れ換え、冷蔵庫の余り物を使ってイタズラ料理、そいつをつまみつつ本でも読みながら休憩。それだけでも、上の三要素が入っていて、脳のストレスはだいぶ軽くなる。
 要は、気持ちで負けないこと、それが肝心なのだ。

 昨日、行きつけの本屋で目当ての本を探していた時、平積みで穴のようになっている箇所があった。見てみると、カミュの「ペスト」だった。売れているとは聞いていたが、ホントなんだ、と感心。半世紀近く前に読んだことがあるが、積まれていたそれは、砂漠地帯の風景を組み合わせた綺麗な装丁で、味気なかった昔の本とはまるで違う印象だった。

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 ペストが広がる状況の中で、人間社会が織りなす不条理劇。
 ぜったい、今の世の中でそんなことを再現させてはいけない。

 他人が感染源に見えてしまう「もらわないように」発想が、間違いを生む。
 逆に、自分が(ウイルスを)持っているかも知れないから、他の人に「うつさないように」する、という発想の方がはるかに良い。
 少なくとも、今重症ではない自分は、どうにかなるさ、と前を向いている。他の人を思いやれる余裕は、そこから生まれる。そう思いながらの行動は、まさに、感染防止行動そのものになるはずなのだ。

COVID-19なんかに負けない!
かまやつひろし さんの声が聞こえる。 
♪ どおにかぁ~ ♪ なぁるさ~~!!

ワクチン期待より 体力アップを! ビタミンCは 強い味方

Mです。

 COVID-19の脅威で、世の中がアタフタしている。

 こんな時は、正しい情報だけを見極めて、無駄なことはしないのが賢明だ。
 なんだかよく分からないことに税金投入して、肝心な民衆支援に及び腰を続けている政治中枢に翻弄されてはいけない。

 そんな中枢のお偉いさんたちが、ワクチン開発に期待するようなことを言うが、騙されてはいけない。ワクチン開発は、かなりの難物なのだ。

 そもそも、ワクチン接種したって、インフルエンザに罹るでしょ?! という現実を思い起こして欲しい。
 あれは、接種したワクチンの型が流行したウイルスの型に合っていないのが原因の場合もあるし、接種しても身体の側がそれを活かせない、つまり免疫系がちゃんと反応できなかった事による場合もある。後者は、身体の側の要因で、ワクチンに反応しやすい人もいれば悪い人もいる、という個性の問題で、いかんともしがたい。つまり、あった方が良いけれど、あれば確実というわけではない、というのが「ワクチン」なのである。
 ワクチンは、変異の少ない相手(たとえば天然痘ウイルスや麻疹ウイルス)に対しては強力な武器になったが、姿を頻繁に変えてしまう変異の多いウイルスに対しては、盤石ではない、ということ。

 インフルエンザ・ウイルスも、変異が多いことで知られている。だから、ワクチンが確実な予防策になりにくいのである。
 ワクチンにも種類があるが、基本的には、病気を起こす原因ウイルスそのものを元の材料として使う。ということは、元が変化してしまうと、時間をかけて開発したワクチンが「的はずれ」になってしまうのだ。

 COVID-19に関しては、ケンブリッジ大等の研究チームが、4月9日の米科学アカデミー紀要(PNAS)に、3つの型になって広まっていると報告している。大元をA型とし、そこから変異したB型が武漢で広がり、別に変異したC型がヨーロッパへ広がった。そして、オーストラリア、米国はA型が多い、という報告だ。ほんの数ヶ月のあいだに変異を重ねていることが判ったわけで、この報告で調べられたサンプル以降も、世界中に広まっていく際に、実際はさらに変異し続けている可能性もある。

 そう考えると、ワクチン開発が難題であることが分かってもらえると思う。変異してしまった、そして、これからも変異を繰り返していくだろう相手に対して、全ての型に対応するワクチンを作ることが出来るのか? あるいはまた、何種類作れば良いのか、ということなのだ。
 「COVID-19のいくつもの型に対応するワクチン」も作れるが、多くの場合、そういう「共通部分に反応するワクチン」は強い免疫応答を促す効果が弱く、予防薬として強い武器にはなりにくいことが多い。

 ということで、ワクチン開発の必要性は否定しないが、それに頼ることには賛成できない、というのがMの意見なのだ。

 一時ことばだけが流行ってしまった「自己責任」が、いま重要だと思う。
 とにかく、危険なことはしない、と、自分の周りをよく観察する必要がある。

 健康を維持するために必要だ、と思っていることは、周りをよく観察して続けていくこと。例えば、ジョギング習慣のある人がそれを止めるのは良くないと思う。やめてしまうと、精神面でのストレスが重なって、徐々に身体にマイナスに作用してくる。
 病は気から、というが、脳みそが病を生むこともあると注意して欲しい。

 脳みそは、精神的ストレスを産んでしまう場所でもあるが、一方で、それを解消するための意思を生まれさせる場所でもある。だから、精神の健康、という考え方を忘れずに、後ろ向きにならずに自分の行動を整理してみることが大事だと思っている。脳みそが免疫系の活性化に深く関わっていることも、近年の研究でわかってきている。

 そんな考え方のひとつとして、Y子とは、だいぶ前から欠かさず行っている事が1つある。ビタミンCの摂取だ。
 ビタミンCは、水溶性のビタミンで、普通に生きるためだけで一日200mg欲しいとされている。摂り過ぎるとかえって身体に負担となるビタミン類(脂溶性の物が多い)もあるが、ビタミンCは、摂り過ぎてもオシッコに出てしまうから蓄積による弊害は起こらない。細胞の基本活動に不可欠な物だから、摂り過ぎるくらいにする方がかえって安心なのだ。
 これを、毎朝1グラム飲む、というのをMは習慣にしている。肉体的に疲れた日は、夜も1グラム追加する。
 細胞活性を高めるとともに、カゼなどの体力を消耗させる状態になった時には、その回復のために、つまり、細胞たちが新陳代謝して自分たちを守るためにどんどん使うので、補給が重要なのだ。風邪の予防にビタミンC、とはよく耳にすることばだが、あれは、予防というよりむしろ防御した結果だと言える。風邪の引き始めに、ビタミンCを消費して防御装置(免疫系)がガンガン働いて食い止めた結果だ、と考える方が正しい。単純に予防したのではなくて、罹ったけれど病気の症状になる前に防いだ、というのが本当のところなのだ。  
 たまに、ミカンやレモンがビタミンCの代名詞のように使われていることがあるが、実は、1グラムのビタミンCをミカンなどで摂ろうとしてもまず無理。酸っぱいのがビタミンCなのだと思われがちだが、ミカンなどの酸っぱさの主役はクエン酸。ビタミンCは大きなミカンを食べても1個で50mgが良いところ。つまり、一日必要量の200mgを摂ろうとしても4個食べる必要がある。1グラム摂取するには20個以上食べなくてはならない。そんなに食ったら、ほかに何も食えない!

 ドラッグストアにいくと、ビタミン剤コーナーにいくつもの製品が並んでいるが、われわれは原末一本である。アスコルビン酸原末、という、いちばん味気ない種類の物を重用している。何のことはない、タダの白い粉で、めっぽう酸っぱい!

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 だが、水でもジュースでも、すぐに溶けるからとても使いやすい。しかも、なにも加工してないだけに重量あたりの単価が安い。Mの場合、毎朝カップに1g放り込んで野菜ジュースを50ml程度入れて振り溶かして飲む。飲んだ後、そのカップにもう50mlほどジュースを入れて飲む。これで、カップの内壁に残ったビタミンCもほぼ完全に摂取できる。

 我々は、ビタミンCだけでは足りないな、と思う時は総合ビタミン剤も追加する。一方、サプリメントでビタミン補給、などは行わない。サプリメントは割高なうえに、全体として何をどれだけ摂取したかが判りにくい。「サプリメント大好き!」な方々が大勢いて「あれも、これも買っている。最近になって、これを追加した」などと話しているのを聞くと、中味をちゃんと整理して飲んでいるのだろうかと心配になる。「過剰摂取は危険。こういう疾患がある人、こういう処方薬との併用は禁忌」などの情報に、十分な注意が必要だ。

 多くの人が書いているように、ウイルスと動物は共生関係で生きてきた、長い、なが~~い歴史をもっている。言い換えれば、ウイルスだけ駆逐することは、まず不可能なのだ。居てもいいけど病気は起こさないように、と、入り込まれる側、つまりヒトが防護策を考えるしかない。そのとき、医療技術はもちろん重要だが、それは身体の防御力に加勢してくれるのであって、どんなときでも守ってくれる、という存在ではない。

 COVID-19は侮ってはいけない相手だが、怖がりすぎてもダメだ。
 対抗するには、身体の状態を良いまま保つ、それがいちばん大事だと思う。

 そう考えて、とにかく、身体に良いことをしましょう!!
 精神の安定にビタミンC、なんてのもアリかな、と思う。

 COVID-19なんかに 負けない!

新型コロナウイルスに気づかされた私たち。主体的に変わろう!

薬剤師Y子です。

新型コロナウイルスの影響の大きさを、行く先々で痛感しています。

まず正確な情報を入手し、よく考えて自分の言動を決めたいですね。 

 

そこで今日ご紹介したいのが、次の3つの動画です。

 

その1: 山中教授のサイト

山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信

より、動画「ジョギングエチケット」

www.youtube.com

 

その2: 意義を理解した上で、今は「人との接触」を出来る限り減らしましょう! 

有働由美子 on Instagram: “~なぜ自粛しないといけないのか~ 偉大な人、気さくで、シャイで、 日本中を笑わせてきた方。 その命を奪ったのは、わたしかもしれない。 感染とはそういうものです。 どうかどうか、他人事ではなく、 大切な命を自分が守るんだ、 “自粛させられている”ではなく、 “すすんで自粛”する。…”

 

その3: 中国の南京で撮影されたドキュメンタリーです。ご自身も隔離生活を経験された竹内亮さんの作品。

徹底した隔離政策が街に賑わいを取り戻した 新型コロナウイルスを封じ込めた中国・南京の今 - 竹内亮 | Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム

 

 

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南京と全く同じことは出来ないけれど、私たちも「自分の方法」を決めて実行しましょう。

そして、今回のことで気づいた「この社会の、どうしても変えなくてはいけない部分」を、本気で変えていきましょう。

今が、そのチャンスです!

 

歳を経て まるく なる

Mです。

 持論を振りかざして、ガンガン攻めて来る。学生の頃はそんな印象だったのに、何十年か経って久しぶりの同窓会で会ったら、ビックリするほど穏やかで聞き上手になっていた。なんてこと、耳にしたり、あるいは実際に経験することがあると思う。あいつも、ずいぶん丸くなったよなぁ、と離れた席でつぶやく人も、同じように物わかりの良い初老のグレーエイジだったりするのだ。

 自分の世界を作ろうと肩を張って頑張っていた時期から、仕事の世界に入って揉まれ、いろいろな相手と接して世渡りしていくうちに、物事をまとめ上げていく手練手管を身につけてくる。その結果、押すだけでなく引き技を身につけて「大人」になった、というのが「丸くなった」ということなのだろう。

 「歳を経てまるくなる」のは、人間だけではない。動物たちも、きっと同じような変化を起こしているはずだが、カタチとして見た目が丸くなるのが、植物だ。
 一年草のように毎年生まれ変わってしまう植物では起こらないが、何十年、いや何百年も生き続ける樹木には、そんな変化を見せてくれるものがいる。
 例えば、イチョウの葉もそうだ。若木の頃は切り込みが深くて大振りだったのに、樹齢が増していくうちに、葉はむしろ小振りになっていき、端の切り込みが浅くなっていくことが多い。
 生まれ育った地域に大きな神宮があって、その境内にある大イチョウは、秋になるたびギンナン拾いに出向いた場所だった。最近そこを訪れてみたら、ガキの頃に見た葉と比べて大木の葉は、だいぶ小さくなっていた。東京都のマークほどにもくびれておらず、なかには団扇のような形のものも混じっていた。ほんとに丸くなっていたのである。

 だが、そんなもんじゃないほどの変化を見せるものもいる。ヒイラギである。

f:id:otto-M:20200410184241j:plain Wikiさんから拝借

 節分に、鰯の頭とセットにして鬼除けに使われる、あの棘だらけの葉っぱが特徴の木だ。
 泥棒が入りにくいからという理由なのか、農家だった母方の実家近くでは、生け垣に結構使われていた。ただ、歩いていて触れただけでも痛いから、さすがに生け垣全部がヒイラギという家はなくて、門近くだけとか、敷地裏側だけとか、特定の場所に植えられていた。常緑で育ちが遅いから、ミッシリと枝を密にして塀のように刈り込むことが容易なのだ。隙間から手を入れることも出来ないほど、とにかく痛くて嫌な木だった。

 ただ、この樹の花はとても良い香りがする。

 だいぶ後になって知ったことだが、キンモクセイの仲間だったので、さも有りなんだ。年末近くになって咲く小さな白い花は、目立たないが、その香りは人を引きつける。木偏に冬と書いて「ひいらぎ」とされているのは、この花の時期を言い表しているのだろう。
 そのヒイラギ、古木になると全く棘が無くなってしまう。見ただけでは、ヒイラギと判らない。
 実は昨年の11月末、行動範囲の中に、その古木があるのを発見したのである。
 場所は、台東区鳥越。由緒ある神社、鳥越神社の鳥居脇に、その古木はある。

f:id:otto-M:20200410185020j:plain 下の色の濃いのがヒイラギ

 小さな濃い緑色の細かな葉を付けた、3mほどの細い木。存在は知っていたが、何の木だろうと思っていたが判らないままだった。覆うように茂っている梅の木の下に、ひっそりと居る。
 発見のきっかけは、夕方鳥居脇で信号待ちしていたときに、ふわぁ~~っとキンモクセイに似た香りが漂ってきたことだった。あれ?このあたりにキンモクセイはなかったはず、とキョロキョロ。信号が変わってしまったが、気になって香りがする方に移動して探すこと数分。なんと、キンモクセイとは似てもにつかぬ樹型の古木に白い花がちらほら。においは頭上から降りてきていた。近寄って枝を引いてみてようやく判った。ちょっとだけ棘のある葉も混じっているから間違いない。ヒイラギが咲いていたのである。キンモクセイほど強烈ではない落ち着いた芳香が、白い花から漂っていた。
 よく観てみても棘のある葉はごくわずか。殆どの葉は小振りな茶の葉を平らにしたような形で、柘植(ツゲ)の葉を大きくしたような感じがする。とにかく、見た目には全然ヒイラギじゃないのだ。

f:id:otto-M:20200410185313j:plain つるんとした丸い葉ばかり

 

 よくもこんなに「まるくなる」ものだと思う。
 なにもかも達観してしまったカタチなのかも知れない。まさに、神社にふさわしい変化だと感じた。

 ググッてみたら、特徴的な葉の形態が全く異なるカタチに変化する現象を、植物学では「異形葉性」と呼ぶのだそうだ。植物体が自身の成熟を関知した結果、それまで抑制されていた異形葉性をもたらす遺伝子群が活性化し、そのはたらきが強まって新しく出来る葉の形を変化させるのだという。だから、成熟を関知した植物体から枝を切り取ってしまったりすると、そのあとに出てくる若い枝からは、幼若期のようなトゲトゲの葉っぱが生えてくるのだそうだ。

 ◆日本植物生理学会の解説ページ(東大大学院 塚谷さん)は、ココ
→ https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=4479&key=&target=

 そんな仕組みを知ると、人間が歳をとって丸くなる、というのも、案外同じような仕組みがあるからなのか、と思ってしまう。
 成熟して来ると、無駄な行動を抑えて命を長らえる方向に有利な遺伝子群の発現が高まり、脳の活動が穏やかに変化していく。ということではないか、と想像するのだ。
 若い頃の急進的な発想と行動が歳と共に減弱していくとき、筋力・持久力の低下が伴っている。そんな状況で激しい行動をすれば、生命維持の面からはデメリットになる。だから、危険な行動を避けさせ、延命させるための自己防衛手段が、まるくなること、なのかも知れない。

 一方で、老いてもなおアグレッシブなアーティストなどは、身体が成熟していることを脳が無視して、まるくなる遺伝子群の活性化を起こさせないのかも知れない。
 バタッと逝ってしまうかも知れないが、最期までガンガン生きていく。それはそれで、羨ましいことでもある。

 平凡な人間ほど、丸くなってゆっくりと老いていく。ヒイラギ人生こそ、平穏、ということなのだろう。
 
 そう言いながら、オレは嫌だ、と言っている自分がここにいる。
 COVID-19への政府対応の鈍重さといいかんげんさに、心底立腹しているここ数日。とても「まるく」なんてなれない!!

まさか秋月さんまで休業とは ・・・ アキバも非常事態

Mです。

 電子パーツで「あそぶ」人なら知らない者はいないメッカのような存在、秋月電子通商さんがコロナで休業!!

 今日の昼、PCのスイッチ付近に使うLEDを数個買いに秋月さんに出向いたら、なんと、緊急事態宣言を受けて、7日から一ヶ月間休業との張り紙!
 お隣の千石さんで必要な部材は揃えたものの、コロナ休業とは驚いた。最近は、細かな買い物もすべて秋月さんのネットショップの方で手に入るから、必要ならばそちらでお願いします、ということなのだろう。とはいえ、部品に精通した店員さんが、細かなことでもすべて即座に回答してくれる秋葉原店は、素人に毛が生えたくらいのMレベルには替えがたい場所だ。となりの千石さんもなかなかの店だが、扱う物で棲み分けているので、細かな部材になると数段の差がある。電子パーツを組み合わせた数々のキットアイテムを開発して提供しているという点でも、秋月さんは特殊なのだ。

 以前、鉄道コンテナの中で、明かりのない中、輸送中の荷物の動きを把握したいという相談に、赤外線撮影装置と振動センサーを組み合わせて試験装置をこしらえたことがある。そのときも、秋月さんのキットをいくつか購入し、それらを組み合わせて利用した。手作りの3次元振動記録装置と、赤外線LEDを200個つけた暗視照明と、赤外線感度に強いデジタルビデオを組み合わせた仕組みを使ったが、ビデオカメラを除く部材はほとんど秋月さんで手に入れた。とにかく、何か作らないと、となった時に真っ先に頭に浮かぶ店なのだ。

 そんな人が多いのだろう、ものすごく狭い店舗内で、客どうしが背中合わせでカニ歩きしていることが珍しくない。だから、3密厳禁を原則にする感染症対策から見て、あり得ないほどリスキー。休業も止む無し、かも知れない。

  f:id:otto-M:20200408224547j:plain 秋月さんHPから拝借

 ついでに、これも秋葉原の老舗のひとつであるラジオデパートも覗いてみたら、こちらでも、いくつもの店がシャッターを下ろしているのが見えた。必ずしも緊急事態宣言を受けてのことなのかどうかは判らなかったが、人出がいつもの1/3程になっている秋葉原の状況からすると、開けても客が来ないので閉めている、ということなのかも知れない。
 ひと通り、4階まで上がってからぐるり回りながら降りてきたが、どの階にも閉まっている店が目立った。開いている店では、話し込んでいる客もいたが、流しで歩いているような客は見受けられなかったから、商売にならない厳しい状態なのかもしれない。

 1階まで降りて、必ず見ておかなくてはならない地下1階のジャンク屋さんを覗こうと降りてみると、なんと、目当ての店は閉まっていた。仕方なく階段で地上へ出ようと歩いて行くと、さっきエスカレーターで降りた時には気にしていなかった新しい店舗がある。なにやらPCパーツをいろいろと箱に詰めて並べてある。店の人も今まで見たことのない人だったが、覗いてみるとなかなか面白い。

 ジャンクパーツの箱には、「決して回さないでください」と書いて、汚れたままの大小様々なDCファンがゴチャゴチャと入れられている。価格は50円とか100円とか。ちゃんと動くのだろうけれど、手を掛けていないからあとは自己責任でどうぞ、という代物だ。ちょうど欲しい機能の120mmファンが入っていたから、100円でほこりだらけのファンを1つ。

 ついでに周りを見たら、あるわあるわ、使えそうなPCパーツがゴロゴロと。ヤフオクなどで5,000円は下らないだろうグラフィックボードが1,000円程度で売られていたりする。それらはみんな綺麗にクリーニングされていて、動作チェック&梱包済みと書いてあるから良心的。結局、DDR3-10600 ECCモリー 2G×3枚組を600円(嘘みたい!)、1G DDR3クラスのグラフィックボードを2枚(@300円)も手にして、計1,300円の買い物となった。

 帰ってからレシートを見て大笑い。なんと、店名が「秋葉原最終処分場」となっていた。

 参りました・・・

 秋葉原を歩いている人が、だいぶ昔の雰囲気に近い。アキバではなく、秋葉原を目指して集まってくる電気人間が多い感じだ。それが以前の主流だった。

 最近の秋葉原は、アソビのアキバに様変わりしていたが、そのアキバがほとんど姿を消してしまっている。ジャンク街でメイド喫茶の勧誘に立っているおねえちゃんたちは、誘えそうな相手が歩いてこないので手持ちぶさた状態だった。

 この様相は、やはり異常と言うしかない。

 電気人間とアソビ人間がゴチャゴチャ混じり合える状態に、早く戻したいものだ。

 そのためにも、無駄な外出はやめてジワジワと集団免疫を獲得させ、ウイルスとやんわり共存出来る状況を作るしかない、と思う。

軽症患者さんは防護服を着てホテルに移動 なんていかが?

Mです。

 

小池さん、軽症患者ホテル移送 英断です!

東京都民の皆さん、小池知事で良かったですね。

 これまでの方々では、こんな事態にキビキビと決断して行動に移ることはできなかったのではないだろうか。

 政権与党との関係、財界との関係、等々で、要らぬご意見、はたまた横槍、いろんな外圧がかかって、マスク2枚なんていうトンデモな忠言?によろめいては本筋から離れてしまう結果に陥ったのではないか、と想像するのである。

 ところが小池さんは一味違っている。

 そもそも、男どもに負けない自分を創っていけるようにと、単身エジプトに飛び出して、独自の世界観を作ってきた人だ。記憶に残っているのは、テレビ東京WBSのキャスターを務めていたころの姿だ。いろんな専門家を招いては、なかなか鋭い切り込みでキャスティングしていた。聞き上手でありながら、言いたい事はちゃんと言う。若かりしころの姿に、Mにはちょっと厚化粧じゃん、と見えていたが、それも痣があったからという理由をだいぶ後になって知って、ごめんなさい、と詫びた。

 その小池さん、爆発的にCOVIDー19患者が増える可能性のある状況下で、軽症の患者さんたちを、病院から都が借り上げたホテルに移って個別静養してもらうと決断した。協力するホテル側もエライと思う。先日期待を込めて発言したあとで、ちゃんと協力に踏み切ってくれたAPAさん、この仕組みに入ってくれているのでしょうか?

 とにかく、重症患者の管理は、既存のICUで管理するしかなく、その数も限られているのだから、大きな病院が多い東京とはいえ医療崩壊までの時間的猶予はそれほど長くない。それでなくとも、検査を行えば行うだけ陽性患者が増えるのは当然なのだから、トリアージを効率よく実施して、重症患者を死なせない医療に傾注しなくてはいけない。

 感染したからといって、エボラ出血熱のような致死率の高いウイルスではないのだから、重症化しないように、通常の肺炎予防措置などで十分に対応可能なのだ。そのような患者さんたちは、重くならないように静かにシングルルームで過ごして回復してもらう。実に理にかなった対応だと思う。

あさって7日から実施に移る、という速度感も十分だと思う。

と、それを聞いてから、その実施方法について、Y子と話をした。
移送はどうするのだろうか、という点について話し合ったのである。

 「軽症患者さんは自分でタクシーかなんかで移動してね、○×ホテルの□△号室ですからね」 なんてことはあり得ないから、公的な組織の車両なんかで移ってもらうのか、と考えたが、それだと、毎回使用した車両をはじめ数々の物、設備などで消毒措置が必要になって効率が悪い。

 結論から言って、いちばん良いのは、患者さんに防護服を着てもらって、警察車両とか、借り上げたバスなんかで移ってもらう方法だろう、という手法に帰結した。

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 普通に移動してもらうのでは、使用した車両を毎回消毒する必要が生じる。受け入れるホテル側も、患者さんたちが触れたものに気をつけておいて、あとから消毒処理するなどの煩雑な作業が生じてしまう。                           

 一方、患者さんたちに防護服を着てもらえば、たとえば一般タクシーで移動してもらっても問題はない。普通の医療施設での感覚と逆にすればよいのだ。医療従事者が防護服を着るのではなく、感染封じ込め、の目的で防護服を使うのだ。
 もしタクシーを使ったとしても、タクシーの運転手は、そのまま次のお客を乗せることも可能だ。なにしろ、患者さんが防護服を着てくれているのだから、室内にウイルスは出てきていない。まあ、実際のところそれでは効率が悪すぎるから、移送患者さんのいる病院毎に特定の車両をまわして、都が用意した防護服を着てもらった患者さんに乗り込んでもらい、協力ホテルに行ってもらう。手荷物は、これも都が用意する丈夫なトランクかプラスチック袋に入れて運べば、感染管理上、問題は無いはずだ。患者さんも荷物も、受け入れ先のホテルの部屋に入ってもらってから、防護服を取り、荷物を出してもらい、治療生活してもらう。
 食事、治療資材など、必要なものは、これもまた、すべてプラスチック袋等で個別管理して運び込み、ごみなどの回収も袋で回収、というように工夫すれば、受け入れホテル内の動線管理上も、汚染区域と非汚染区域を分ける、などという煩雑な作業がなくて済む。クルーズ船内で感染が広まってしまったのは、こういった個別管理がまったく行えていなかったからに他ならない、と思うのである。

 こうしてホテルで過ごしてもらいながら、症状が治まったなら、必要な検査をしてOKになり次第、消毒処理をしてもらってから、ご苦労様プレゼントとして支給される洋服一式を着て帰宅してもらう、なんていうのは如何でしょう。

とにかく、知恵を絞ってこの難局を乗り越えなくてはならない。
頭の柔らかい小池さんなら、こだわりなく、良いことは良い、と判断してくれると期待している。