Mです。
先日、埼玉県内の幹線道路左車線を走っていたとき、信号待ちで右に大型トラックが止まった。ちょうど後軸2輪が自分の右に来て、4本のタイヤ上面が胸の高さくらいになった。何気なく見て「??」となった。溝なし、なのである。表面はほぼ平らで、かすかに立て溝の跡が残っている。まるでF1カーのスリックタイヤみたいにのっぺらぼう。サイドにはSTUDLESSと刻印されていた。
40年近く前、福島県内に住んでいたことがあった。冬は雪道があたりまえの環境で、初めてスパイクタイヤを履いた。ところが5年もしないうちに「スパイクタイヤで削られた舗装路面の成分が、雪解け後に粉塵となって健康被害が発生する」とわかり、91年にはスパイクタイヤの製造が終了してしまった。粉塵被害が騒がれてから2年ほどで終焉となった覚えがある。
スパイクタイヤは、冬しか使わないし、金属鋲(=Stud;スタッド)がついているのでタイヤ本体はあまり摩耗しない。だから、スパイク禁止になったときにも、まだまだ使える状態のスパイクタイヤを所有していた。捨てるのももったいなくて、ペンチで鋲を全部抜き取って(手が痛くなった!)、摩耗するまで夏タイヤとして使いつぶした。鋲を抜いたスパイクタイヤ、まさにスタッドレスタイヤなのだが、スパイク有っての代物なので、コンパウンド(タイヤの主体となるゴム素材、以後ゴムと記す)部分はとても夏タイヤの性能は無く、ブレーキングでスキップする、舗装路のノイズが大きい、など、使い心地はすこぶる良くなかった。幸い(?)、低温でも固くなりにくい組成のゴムだったから、夏タイヤとして使ったときの摩耗は激しく、1年ほどでオシャカになった。まがい物スタッドレスの顛末である。
スパイクタイヤ廃止の何年も前から(たぶん5年くらい前)本物のスタッドレスタイヤ開発は既に始まっていて、廃止とともに、冬用タイヤといえばスタッドレス、という流れになった。ただし、当時はまだ、スノータイヤという、凍結路面はダメだが雪なら大丈夫という製品があった。価格は当然スタッドレスの方が高い。大型車などは、高価なスタッドレスではなくて既存のスノータイヤを冬用に使っていて、大雪のときはスノータイヤにチェーンを巻いて走っていた。実際のところ、90年代半ばまではスタッドレスタイヤの性能はそれほど高くなく、柔らかいゴム組成と溝の工夫でどうにか「滑りにくい」程度のものだったから、先祖に当たるスノータイヤも十分に有用だったのだ。
ところが、その後のタイヤメーカーのスタッドレス開発は、①コンパウンドの新開発&改良に加え、②ゴム表面に発泡加工する技術の発達、さらにはコンピューターを駆使した③「細かくて柔軟かつ強靱」な溝パターン(トレッドパターン)とスリットの考案が組み合わさって、一気に加速した。と同時に、スノータイヤはめったにお目にかからなくなってしまった。
性能アップしたスタッドレスタイヤは、夏に使っていても、以前のようにすぐ摩耗してしまうこともなく、しかもブレーキングの際にビビビッとずれるように滑る現象もなくなった。もはや、夏タイヤとしても十分使えてしまう性能になったのである。
もちろん、夏タイヤに比べるとゴム自体が柔らかなので、摩耗の度合いは高い。しかし、通常路面では滑りやすかったり、加速時に重ったるい感触がある、といった負の性質がわかりにくくなったのは確かで、摩耗の度合いも、初期に比べれば大きく改善した。
そんな進歩が、トラックタイヤの使い方に変化をもたらしている。
関東南部のように滅多に雪が降らない地域では、乗用車の場合、いまでも雪道のときだけスタッドレス、なんていう使い方が多いと思う。トラックだって、その方が燃費が良いからそうしたいはずだ。でも、遠距離を行き来する仕事では、行き先で雪に見舞われるたびにチェーンを付けるという手間はなかなか煩わしい。後輪2本だけでは足りないから最低でも後輪左右2本ずつで4本はチェーンをつけなくてはならない。しかも、雪国に行くことがわかっているような運行トラックでは、前輪にもチェーンを巻かなければならない事があるから、それならいっそのこと全部スタッドレスにしてしまえ、ということになる。スタッドレスタイヤの性能向上で需要も増えて価格が下がったので、この決断を迫られていた経営者の背中を押してくれた。以前は3~5割増しの価格も見受けられたが、今では、夏タイヤと同程度の価格で入手できてしまうのである。
そんな遠距離運行をするトラック輸送でも、関東圏の運送屋さんのトラックだと、雪に見舞われるのはせいぜい11月後半から3月下旬くらいだから、11月半ばに夏タイヤからスタッドレスに履き替えて、4月になったら今度は夏タイヤに替える、ということになる。
ところが、このタイヤ交換がくせ者。乗用車ならば30分もあれば出来てしまう作業でも、大型トラックとなるとたいへんなのだ。スチールリムだとタイヤ一本で50Kgを越えるものもザラ。しかも、前輪2本と後ろ2軸8本で合計10本だから、もうタイヘン。一人で出来る作業ではない。運転手仲間が集まって、という域も越えている。機械設備が整っている運送屋さんなんてそう多くはないから、勢い、外注して交換してもらう、なんてことになる。
知り合いの輸送事業者は、3年前まで夏用、冬用のタイヤを揃えていて、倉庫の一角が山のようなタイヤ置き場になっていた。時期になると、運転手さんたちが大汗かいてタイヤ交換していたのだが、作業で腰を痛めた社員が数名出たところで交換作業の外注に変えた。と同時に、夏タイヤ、冬タイヤを確保するのではなく、10月後半になると夏タイヤをはずして中古売りし、新品のスタッドレスを履かせる。4月になると、今度はそのスタッドレスを中古売りして、新品の夏タイヤに履き替える。という手法に変えた。あまり減っていない中古タイヤは、履き替えを委託する会社に良い値で引き取ってもらえ、同時に新品タイヤへの履き替えを行ってもらえるので、時間とコストの軽減に役立つのだ。タイヤ交換作業の費用は、タイヤ引取り&新品取り付けと抱き合わせにすることで、1本あたり5000円だという。自前のタイヤを持っていても、交換だけ外注すると一本あたり1万円かかるのだとか。作業費だけでも1台10本替えると10万円かかってしまうので、20台動かしているその事業所では、作業費だけで半期に1度200万円かかることになる。なかなかの負担だ。
ネット商売での輸送費0円が騒ぎになっているご時勢、輸送事業者はコストを減らしようがないから、一般には見えてこないが実に深刻なのだ。
そんな状況下で、この事業者では、上記の「中古売り&履き替え」手法さえも、いま変えようと考えている。何を考えているかというと、「履き替えなしで履きつぶす」策を検討中なのである。当然、夏タイヤで冬を乗り切ることはできないから、履きつぶすのはスタッドレスタイヤ、ということになる。つまり、車両を購入する際は、季節がいつになってもかまわないから常にスタッドレスタイヤを装着してもらうのだ。そして、そのタイヤが磨り減って、冬は使えないとなったところでギリギリまで我慢して交換する。そうすれば、半期に一度の出費はなくなり、新規取り付け料金だけで抑えられる。「中古売り&履き替え」よりもさらに低コストだと踏んでいる。
これが可能になったのは、言うまでもなく、スタッドレスタイヤの進歩のおかげ。夏場使っていても、燃費が著しく悪い、なんてことはもう無いのだ。
暖かくなってからだが、信号でとまっている街のトラックを見てほしい。きっと、夏でもスタッドレスタイヤのままで走っている車が、沢山いるはずだ。
スタッドレスタイヤは、今やオールシーズンタイヤになっているのである。
はてさて、冒頭で触れたトラックに戻るが、まだ今は凍結した路面を走ることもあるだ。雪が降っていないから良いようなものの、ツルツルのスタッドレスタイヤのままで輸送業務に臨んでいるのは、いかがなものか。そうは言っても、それも仕方がないほど、経費削減に厳しい現実なのかもしれない。
輸送費タダ、と喜んでいる我々も、それを運んでいる人たちの苦労を少しは考えなくてはいけない現実があるのだと思う。