理系夫婦Y子とMの昭和から令和まで

都内で働く薬剤師Y子と、パソコン・DIY・生物などに詳しい理系の夫M。昭和30年代から今日までの実体験に最新の情報を加え、多くの方々、特に子育て・孫育て世代の皆様のお役に立つことを願いつつ発信する夫婦(めおと)ブログです。

都会の街角 に 孤高の大木

Mです

 なぜこんなところに、と驚くしかないビル脇の小さな空間に、その巨木はある。

 場所は、東京都台東区浅草橋地区の北端近く。蔵前地区との境界になる蔵前橋通りから1ブロック南の十字路。その北西角から数十m北に寄った歩道沿いのビル前に、名札を付けた巨木が立っているのである。

 名札には「メタセコイア」。

 そう、化石とされていた古代植物の現世種である。

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 たぶんこの樹の奥にエントランスがある細長いビルのオーナーが植えたのだろうが、高さは30mほどだろうか。ビルの最上階までは届いていないが、8割方の高さまで達している。直線的に伸びて綺麗な細い円錐形をつくる樹型が、凛としている。

 前を通る大通りは、江戸通り(国道6号線)。それを東西に横切るやや細めの直交路は、たぶん暗渠の上を走っている。南東角にある交番の名前が須賀橋交番、とあるのも、この辻が実は川だったことを物語っていると思われる。

 成長が速いことで知られるメタセコイアだが、この高さになるには20年では足りないはずだ。実生から育てたわけではないだろうから、植えられた時期の判断が出来るわけではないが、樹齢、ということで推測すると4~50年になるのではないかと思う。

 セコイアという植物は、北米西海岸の山地に原生している巨木で知られていて、そのルーツは恐竜時代のはじめ頃に遡る。つまり、3億年近く前に地上に現れた植物が生き残っているということで、動物でいえばラチメリア(シーラカンス)といったところ。

 そのセコイアによく似た形態の化石が、1939年、関西地方の新生代第三紀の地層から発見された。発見者である三木茂氏は、その特徴からセコイアの分派した種と考え、「変わった」を意味するメタを付けてメタセコイアMetasequoia glyptostroboides)と命名し、1941年に学会発表した。同じ化石は、中国大陸を始め、北米大陸北部、シベリア、グリーンランド でも発見されて、北半球に広く分布していた植物であると考えられるようになっていった。ところが、その後、この研究成果を目にしていた中国の研究者が、中国西部に全く同じ形態の樹木が現存していることを発見し、米国で確認されることになった。「化石植物」が生き残っていたのである。

 日光を好み成長の早いメタセコイアは、挿し木でもよく殖える。
 1950年に、米国の研究機関から命名者である三木氏に苗が送られてきた後、それが研究機関や自治体を経由して、今では国内の多くの場所に植えられている。高速道路インターチェンジのループ内に植えられていて、高く育っているのを目にしたこともある。都内の公園でもよく見かけるから、ああ、あの樹なんだ、と気付く人もいるだろう。

 実は、この樹を一躍有名にしたのが韓流ブーム。火付け役になった、あの韓国ドラマ「冬のソナタ」で、ユジンとチュンサンが初デートした公園の並木がこの樹だったのだ。Mは、特徴的な円錐形の樹型が気になって、静止画像を拡大して観察してしまった。そして、メタセコイアに違いないと確信した。そうか、韓国にも植裁されていたんだ、と感心したのを覚えている。

 

 だいぶ話が逸れてしまった。

 浅草橋のメタセコイアは、2年前まで、年末になるとそれはそれは見事なイルミネーションを纏っていた。あの高さにどうやって取り付けたのかと不思議でならず、その取り付け方法を探ろうとしたのだが、残念ながら昨冬は取り付けられることがなかった。

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 今年も、もう少しで葉を落とす時期になった。

 近くから見ても、いまのところ、まだ電線を纏ってはいない。
 オーナーさんがもう要らないと判断したのか、あるいは体調不良でそれどころではなくなってしまったのか。

 2017年に撮った携帯画像が残っているだけで、もっとちゃんとしたカメラで撮ろうと思っていたのだが、去年は叶わなかった。

 今年は復活して欲しいのだが、もうダメかなぁ、と少々落ち込んでいるMである。